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日本の土壌と文化へのルーツ⑪ 冬の養生法

 

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

東洋医学と食・生活の養生

  東洋医学においては、医療と食養生は一体である。例えば、感冒においては、漢方薬を処方するだけでなく、粥を啜って暖かくして発汗するという指示や、うどん(小麦)を食べると汗が止まるので、食べてはいけないなど注意事項がある。これは漢方薬をよく効かせる工夫でもある。
  冬の過ごし方の注意事項は何だろうか?東洋医学の基礎となっている医学書である『黄帝内経』(こうていだいけい)では、「夜は早く寝て、朝はゆっくりと起きるのがよい」と書かれている。一般的に早寝早起きが健康法と言われているが、実は、これは日の長くなってきた春によい生活習慣で、季節によって違うのである。
  冬は身体を包み込む大気も熱を失い、着込んでも身体の芯にまで浸透するような寒冷の季節となる。一方、身体は熱(陽気)を有し、それを基に様々な代謝が行われている。この身体の熱(陽気)が充実していて、暑がりで冬の寒さを心地よいと感じる方はともかく、身体が、冬の寒さにさらされると、熱(陽気)が消耗し、身体が冷えやすくなる。これを防ぐ生活習慣は、太陽の出ていない最も寒い時間帯、つまり朝方を暖かい場所で休息することである。
  この冬の時期は、自然界も同じように過ごしている。植物の多くは、草木類であれば、地上部の茎、葉を枯らして、根を肥大させる。樹木も、枝、葉の成長を止め、葉を落としたりしながら、翌年のための枝、葉や花になる芽を準備している。
  また、精神面についても『黄帝内経』では、以下のように述べている。「欲望を潜めながら、すでに遂げたような満足感を保つ」というものである。活動的で意欲的な夏から、静かな充実した気持ちで冬を過ごすことは、冬の精神面での養生法である。
  冬に熱(陽気)を守る養生をしないと春になって四肢、腰部の疾患を病みやすいとされている。冬に十分休息を取らないでいると、春を半ば過ぎたあたりから、身体、精神ともに変調をきたす。その一つが“五月病”の時期に当たる。
  今の生活習慣の乱れが四季を経て、別の時期に病として現れるというものである。病んだ時期に対症的に治療するのでなく、普段の養生を気を付ければ、未然に防ぐことができるのである。

冬の養生食

  秋から冬にかけて植物の多くは根に養分を集中させている。冬の養生食としては根を食するものが多い。その根は、東洋医学の臓腑でいう“腎”の機能を高める。東洋医学の臓 “腎”とは、成長、発達、生殖、水分代謝に関係する機能系統であり、現代医学で言えば、腎臓、副腎、生殖器などの内分泌系を含む概念でアンチエイジングとも密接に関係している。また、下半身の整形外科的疾患も東洋医学の臓腑でいう“腎”の低下に関する病態と考えられている。その“腎”を冬にしっかり養生すれば、その年に“腎”の病になりにくい。その代表的なものは蓮根である。

蓮根

  蓮は南方から伝来した植物で、本邦では新潟県を北限とする。
  水中の泥、濁りに染まらず、美しい花を咲かせることから、清浄の花、君子に例えられ、仏教では生命の象徴とされている。
  蓮根が食用とされるが、東洋医学の生薬としては蓮のあらゆる部位が利用されている。蓮子肉(れんしにく:果実)、蓮房(れんぼう:花蕾)、蓮鬚(れんびん:おしべ(雄蕊)、蓮心(れんしん:種子中の胚芽)、荷葉(かよう:葉)、荷梗(かびん:葉柄、花柄)、藕節(ぐうせつ:地下茎間の節)である。
  中でも生薬として、蓮子肉(果実)が良く用いられ、東洋医学の臓腑でいう“腎”の機能を高め、感情を安定させる働きがあり、中華料理ではデザートによく使われる養生食である。
  食用とする蓮根は、実は根ではなく、泥をかいくぐり這って地下を横走する茎である。「この茎はすなわちハスの本幹と枝であって宛もキュウリやナスビなどはその幹枝が空気中にあって上に向いて居りますが、ハスでは幹枝が水底の泥中にあって横に匍匐して居るのです。」1)
  蓮根にみられる多数の穴“孔道”は、茎の中の水分、滋養分の通り道である。このように多数の穴を有する植物は、東洋医学では血や水の循環を円滑にする働きがあるとされてきた。それ以外に、身体を潤す作用があり、皮膚の乾燥、口渇によい薬膳として用いられている。
  生薬として蓮の地上部で用いられるのは、蓮子肉(果実)だが、水中で用いられるのは蓮根と蓮根の間の節の部分で、藕節(地下茎間の節:ぐうせつ)と言う。食べている蓮根は腸詰のソーセージの部分で、ソーセージとソーセージの間の節が藕節と言えば、少しイメージが浮かぶかもしれない。こちらは止血作用を有する。止血には、その植物の有する形態的に最も収縮した部分が用いられるのである。藕節は、血の運行を円滑にするという蓮根全体のもつ性質に加え、止血するという、一見相反する作用を秘めている。
  また、東洋医学では生薬を火にかけて、炭にすると止血作用が強化されると考えられていた。そのため、藕節も炭にして用いられる場合がある。藕節炭(藕節を炭にしたもの)は、鼻出血に使用されている。
  炭は火によって焼かれた最終産物である。東洋医学では、陽極まれば陰となるという考え方がある。一つの過程を極限まで経た後には、その逆の性質をもつようになるというものである。火というのは拡散する性質をもち、東洋医学では炎症の一種でもある。しかし、その火に完全に焼かれたものは火と逆の性質、つまり収斂(拡散を留め)し、炎症を抑える力を有するのである。

百合根

ユリ科
  百合は秋から冬にかけてよく用いられる食材である。百合根は、根ではなく、鱗茎という茎と葉が変化したものである。玉葱の形を思い出すとよい。芽の周囲に多汁質となった葉が鱗状に層をなして重なったものである。
  鱗片は、葉が光合成の役割から転じて芽を覆う栄養袋となったもので、芽と鱗片を合わせて鱗茎と呼ぶ。
「ヤマユリ、オニユリは花の咲いている夏に土を掘ると地表近くに新しい鱗茎が出来ている。ところが花が咲き終わった秋ごろには、春に植えた元の鱗片の深さに下りている。これは新鱗茎の根が収縮して下に下げているからだ。」2)
  鱗茎は牽引根の力によって、徐々に地下に引っ張られていく。もともと陽光を求め光合成、蒸散し続けていた葉が、貯蓄の働きをもつようになり、根によって地下に引き込まれていくのである。
  肺は“華蓋の臓”と呼ばれている。古来、中国では身分の高い人物が乗る輿に、日射しや雨、風、ほこりなどから守るために差し掛けられていた大きな傘を華蓋という。肺は、華蓋という名の通り、臓腑の中で上に属し、周囲の大気の温度、湿度の変化、風、大気中の粒子などに敏感に影響を受け、容易に咳嗽など引き起こす。
  百合根の色は白い。東洋医学では、白いものは肺によく作用すると考えられている。また葉は植物の呼吸器であるために、呼吸器疾患には葉がよく用いられる。鱗茎はもともと葉が変化したものであり、同様に肺によく使用される。
  秋から冬にかけて気温が下がり、湿度が低下してくる時期には、東洋医学では肺が乾燥し、寒冷刺激を受け、呼吸器系等を病みやすいとしている。
  その乾燥から肺を守るものの代表が百合根である。食材としても秋、冬に用いられる。旬の食材とは、その季節にふさわしい食材である。百合根は、肺が乾燥に耐えねばならない時期にちょうど収穫され、人間の健康に役立つ。止咳薬として用いられる銀杏(東洋医学では白果と呼ぶ)もこの時期に収穫の時期を迎える。
  このような自然界の生命の相互関連の巧妙な仕組みは、伝統医学では非常に注目されていた。そのため、世界各地の伝統医学では、動植物とは、神々が姿を変えて降りてきたものだという考え方もあった。
  アイヌの例をとってみると、動物や植物は神の化身であり、この世での姿である。動物や植物は、神の国からそれぞれの任務を担って姿を変え、地上に降りて住み、さまざまな活躍をする。そして、あるものは食用、薬用として人に役立つことで神の国に帰ることができるとされた。
  百合根は、漢方薬としても重要である。百合根は漢方薬の辛夷清肺湯(シンイセイハイトウ)に含まれている。辛夷清肺湯は、現在でも、鼻炎、副鼻腔炎に頻用されている。
  百合根で、もう一つ大事なのは心に働く作用である。気分を鎮静し、寡黙で話たがらない、不安、不眠、動悸、焦燥感などの症状に用いられる。東洋医学の『金匱要略』という書物に、大病後にこれらの症状を来す場合を、百合病(びゃくごうびょう)と呼び、百合も用いて治療していた。

長芋

  自然薯とも呼ばれる山芋(ヤマノイモ)とは同じヤマノイモ属であり、混同されている場合も多いが、別種である。どちらも生で食べることが出来る。
漢方生薬としては、山薬(さんやく)、薯蕷(しょよ)などと呼ばれ、胃腸虚弱や、“腎”を強くする滋養強壮剤として重要である。粘りがある食材は、腎に働くものが多い。杜仲茶で有名は杜仲とは、トチュウという樹木の樹皮であるが、糸を引く粘性がある。茶で使用するのも葉だが、葉を裂くと同様にその間から粘性の物質が糸を引く。
  八味地黄丸という加齢に伴う排尿障害、冷え、浮腫、性欲減退などの諸症状に用いられる漢方薬があるが、8つ含まれる生薬の中の一つの重要生薬である。
  食材としては、手に入りやすい山芋(ヤマノイモ)でもよいが、中国産の場合は、山芋と書いてあっても、長芋であることが多いため、山薬として使用できる。多くの食材は火を加えた方が、身体を冷やさず、消化もよくなる場合が多いが、山薬は生のまま使用した方がその効果を発揮する。蓮根で合えるのも冬の“腎”を守るために理想的な食材となる。3)

結語

  東アジアには、四季という季節ごとの大きな変化がある。健康な時はその変化に適応できるのだが、身体の機能が弱まる時、その季節変化が身体に不調を及ぼすことがある。体質は個々によって異なるが、東洋医学での冬の養生法を述べてみた。
  冬の寒さ、乾燥で、東洋医学では“腎”、“肺”という系統が病みやすい。東洋医学の臓 “腎”とは、成長、発達、生殖、水分代謝に関係する機能系統であり、現代医学で言えば、腎臓、副腎、生殖器などの内分泌系を含む概念でアンチエイジングとも密接に関係している
蓮根、百合根、長芋など冬の食材として、食文化にすでに浸透している馴染みのあるものである。
  食文化が育んだ知恵を改めて意識しながら、その季節を過ごすことで、来年は今年ほど身体にこたえないように一層健康な身体を創り上げていく。そのような食文化を見直すことは、人々の健康水準を上げる大切な要因と考えられる。

参考文献

1)牧野富太郎:植物学 ちくま書房,(2008)
2)川上幸男:不思議な花々のなりたち,アボック社出版局(1996)
3)橋口亮、橋口玲子:今日からはじめる野菜薬膳,マイナビ(2012)

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol;

Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine
2014

Clinical & Functional Nutriology 2015;7 (1)

The climate of East Asian countries is characterized by four distinct seasons. Eating seasonal foods helps the human body harmonize such dynamic seasonal transitions to maintain health through the seasons. In traditional Eastern Medicine (Kampo), coldness and dryness in winter weakens the Jing (essence) and lung. Jing is the deepest and most powerful source of life energy and function providing the basis of growth, development, reproduction, and water metabolism and is a key for anti-aging. Nourishing and preserving Jing against coldness during winter is essential in preventing Jing-related disease in other seasons. Seasonal winter ingredients, particularly roots in which nutrition is stored, such as lotus roots and Chinese yam, familiar in Japanese food culture, nourish Jing. Lotus root with its many air canals also promotes circulation and moisturizes the body. The viscoelasticity of Chinese yam improves a weakened gastrointestinal system. The lily bulb, originating in the transformation of leaves, known as a plant’s respiratory system, protects the lung from winter dryness. Passing each season with conventional wisdom about our food culture promotes a healthier, resistant body in the seasons to come. Reconsidering and embracing our food culture is essential in boosting our standard of health.