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日本の土壌と文化へのルーツ⑫ 春の養生法

 

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

東洋医学の春の食・生活の養生

  春に兆しの時期には、日照時間は長くなっているものの、寒気は勢いを増す。二十四節気の大寒の時期の厳しい寒さは、徐々に強くなる陽気に陰気(この場合は寒気)が最後に徹底的に抵抗するため、反って寒さが強まると表現されている。
  この考え方は、東洋医学の人体観にも生きている。大寒とは逆の例だが、身体の冷えが極まると、反ってのぼせ、ほてりなど熱感を生じることがある。これを東洋医学では、“格陽”と呼んでいる。身体を温めるべき陽気が極度に少なくなると、身体の局所(特に頭部が多い。)に追いやられて、その部分に強い熱を感じるというものである。
  臨床の中ではよく見かける症状である。主訴は熱感なのであるが、よく問診してみると、下半身が冷えていたり、寒冷刺激で熱感が増悪したりなどの所見が得られる。漢方薬としては、身体の熱感の訴えに対して、反って身体を温める生薬を配合するのである。熱感の病態は、実は身体が冷えているためであるという“真寒仮熱”の病態は、注意深く診断しなければ、当然熱感が増悪してしまう場合がある。
  見せかけの症状と、病態は必ずしも一致しない。これは東洋医学の興味深い洞察である。
 ことばもまた、本人の本当の姿を見えなくする。人はことばでごまかしたり、症状の強弱を強調したり、弱めたりすることが出来る。そのため、東洋医学の診断では四診といって、四つの診断法があり、望聞問切(ぼうぶんもんせつ)というが、望診(ぼうしん)とは、視診であり、一番上位に位置づけられている。東洋医学の望診とは、単に目に見えるものを冷めた思考で判断して記述するだけではなく、静かな心で精神、身体の状態を感じ取るというものである。

天、地、人の刻む時

  東洋医学では、天、地、人はそれぞれの時を刻み、それらはお互いに少しずつずれている。一日で言えば、天の朝は3時頃に始まっている。地の朝は季節により、日本であれば5時から7時頃へと変動する。人は天と地の時に影響を受けながら、その間の時を刻んでいる。
  天は屋外がまだ暗く静まった頃に起き始めている。人もその気配を感じながら、徐々に朝を迎える。五更という明け方になるといつも下痢する事を“五更瀉”という。五更とは、時計のないころの時の刻み方で日が暮れてから夜明けまでの夜を五分割したもので、夜の一番最後の時間帯をいう。
  “五更瀉”は身体が起き始めている時に、熱産生の力が不足しているために、十分に身体が暖まらず、消化活動に必要な熱が供給されないために下痢をすると東洋医学では考えられている。四神丸と呼ぶ漢方薬がよく用いられているが、冷えの強い場合は、トリカブトの根である附子(ぶし)が用いられる。

時間医療学 ~早朝から朝は、一日の春~

  天地が朝を迎え、眠っていた身体が目覚めようとする時は、植物で言えば種子から芽を出す時期に例えられ、東洋医学における“気”のエネルギーを最も多く使用する時間帯である。普段から、倦怠感など身体を支えるエネルギーが不足している場合(気虚)、ストレスを多く抱えて、“気”のエネルギーの流れが停滞気味な場合(気滞)は、この時間帯を非常にきついと感じる場合が多い。 
  気虚(エネルギー不足)の場合は、東洋医学における“脾”(主に消化器系統)の機能低下が関係することが多い。ストレスの場合は、東洋医学における肝(主に“自律神経”系)の機能亢進が関係する。このように「朝起きるのがつらい」という場合にも、東洋医学的には複数の病態があるのである。
  午前中、出勤前、特に月曜日がつらいというのは、ストレスとの関係が示唆される。この時間帯は、東洋医学では“肝”が高ぶりやすい。この時間帯に集中して起こる症状があれば、一つ一つの症状にとらわれず、“肝”の機能亢進を鎮める薬を用いる。その代表的な漢方薬が、柴胡という生薬を含む小柴胡湯である。小柴胡湯はウィルス性肝炎の治療に頻用されていたが、間質性肺炎の副作用報告により、以前ほどあまり使用されていない。しかし、現代医学の一律的な病名処方でなく、東洋医学的な適応を判断して用いれば、現在でも非常に有用な漢方薬である。興味深いのは、東洋医学的な“肝”は、現代の解剖学的な肝臓とは異なる概念なのであるが、肝臓の炎症にも非常によく効くのである。
  症状と時間を注意深く観察して診断治療を行うのは、東洋医学における時間医療学であり、日、週、季節によって、漢方薬を使い分ける必要があるのである。

春の季節の病態とは?

  一日の朝の初めは、一年の春に相当する。そのため、季節的に春に出現しやすい症状、朝に出現しやすい症状、週の初めに出現しやすい症状というのは、東洋医学では同様に“肝”が関係していることが多い。
  東洋医学の基礎となっている医学書である『黄帝内経』(こうていだいけい)では、春の健康法を以下のように述べている。「春の三ヶ月は、万物が古いものを推し開いて、新しいものを出す季節であり、天地間の生気が発動して、ものみなすべてが生き生きと栄えてくる。人々は少し遅く寝て少し早く起き、庭に出てゆったりと歩き、髪を解きほぐし、体をのびやかにし、心持ちは活き活きと生気を充満させて、生まれたばかりの万物と同様にするがよい。」「大いに心をはげまし目を楽しませるべきで、体をしいたげてはならない。これが春に適応し、「生気」を保養する道理である。もしこの道理に反すると、肝気を損傷し、夏になって変じて寒性の病を生じ、人体がもっている盛長の気に適応する能力を減少させてしまう。1)
  ここで重要なのは精神生活である。“肝”が亢進しやすい季節は、気持ちも高ぶりやすく怒りの感情が芽生えやすい。そのために、朝余裕をもって起き、ゆったりとした気持ちで身体を軽やかに動かし、一日の始めを過ごすのである。
  もう一つは自然界の日照時間が伸びて温かくなってくると同時に、身体の代謝も上昇し、“熱のこもった感じ”や熱感を伴う炎症が生じやすい。これについては、春の養生食である芹の箇所で触れてみたい。

春の養生食

  冬から春にかけて植物の多くは根に集中させた養分から勢いよく芽を出し、茎、葉を成長させる。葉の養生食としては、その生長点に当たる葉、茎を食するものが多い。その茎、葉は、東洋医学の臓腑でいう“肝”の高ぶりを抑える。東洋医学の臓 “肝”とは、感情と身体とのバランス調整に関係する機能系統であり、現代医学で言えば、“自律神経”と俗称される症状とも密接に関係している。
  また、“肝”が高ぶると、“脾”(主に消化器系統)の機能低下が引き起こされやすいために、消化器系統の機能を強くするのもこの時期の大切な養生法である。
  “肝”を鎮めるには、独特の芳香がある発散性の強いセリ科の植物がよく利用される。一方、“脾”を強くするには、甘味のある食物が適する。この両側面への配慮が必要である。

セリ(芹) ウド 独活(どっかつ) ~発散作用を有する食事群~

  春から勢いよく成長する山菜は、いずれも春の養生食になりえるが、セリ科の植物は中でも重要である。セリ科の植物の芳香は人体の“気”の巡りを改善する。セリ科の植物群の多く生薬として利用され、発汗作用のある防風(ぼうふう)、手足のしびれに用いる独活(どっかつ)、肝の高ぶりによる気の巡りを改善する柴胡(さいこ)、“血”を補い、血行を改善する当帰(とうき)などがあり、身体のエネルギーである“気”の停滞を解除し、発散させるという共通点を有している。
  食材としては香りを失わない程度に軽く湯通して、おひたし、和え物、天ぷらなどとする。
  芹は生薬としてよりは食材としての利用が多い。中国の生薬学書である『本草綱目』(ほんぞうこうもく)では、「伏熱を去る」2)と書かれている。これは身体にこもった熱を取り去るという意味である。伏熱とは、“身体に熱がこもっている感じ”として自覚されやすく、熱感、めまい、のぼせなどの身体症状、不安、焦燥感などの精神症状の形を取りやすい。また、種々の炎症(例えば湿疹)に変わりうる“熱邪”である。花粉症がこの時期に集中するのは、“熱邪”“肝”とも関係がある。この冬から春にかけては、身体の代謝が活発となり、適度に身体の熱を発散させる食材や生薬を用いないと、“熱”が身体にこもりやすいとされている。
  そのため、身体に熱を生み出す食材はこの時期には不適である。辛いもの、牛肉、特に羊肉は身体を温める作用が強く、この春の状態を助長しがちであるので、多く摂取するのは避けた方が良い。
 ウドは生薬では独活と呼ばれている。食材では地上部では、茎と葉、生薬では根を用いる。ウドもセリ科の特有の芳香をもち、手足の“気” “血”の流れを円滑にし、発散発汗作用がある。そのため、手足の麻痺、しびれ、痛みなどに用いられている。
  生薬としては、同様にセリ科の柴胡は春の時期にはよりよい適応である。柴胡は“気”の停滞を解除し、発散させる作用があり、種々の漢方薬に配合されている。春の肝の高ぶりによる精神症状の緩和にもよい。日本人にとって柴胡は特に好まれる生薬で江戸時代の症例にも非常に多く用いられている。我慢して貯めがちな気質に合うのであろうか。

筍 タケノコ

  主に食材としての春の代表的な養生食としては、筍も大切である。筍は周囲の清涼な水分、滋養分を集めて、1日数十cmもの成長を遂げ、日本家屋の床も突き抜けて成長してくる程の成長力がある。この力強い生命力は春の身体にこもった熱を発散させる作用がある。
  生薬には竹の葉(竹葉)を用いる。特に肺の炎症を清めて、乾燥しがちな呼吸器系を潤す作用、利尿作用がある。竹の茎も削って細かくして竹筎(ちくじょ)として、止咳、去痰、抗炎症作用を発揮する。竹を熱して出てきた竹の液汁は竹瀝(ちくれき)として、体内の余分に貯留した液体成分を処理する力がある。竹の多様な部分が異なる効能を持つものとして利用されているのがわかる。

菊花 目の炎症に

  東洋医学の“肝”は目とも関係が深い。花粉症で目がかゆくなるのは、“肝”の高ぶりのためとされている。生の菊花は、食用菊として日本では秋に手に入りやすくいが、春に養生として用いる場合は菊花茶を用いるとよい。目の充血などの炎症症状には、乾燥させた菊花を他の生薬と組み合わせて用いる。春の肝が高ぶることに起因する症状は、対称的な季節である秋から冬にかけての収穫物である菊花を使用するのである。菊花は抗炎症作用が強く、皮膚化膿症にも使用される。

酸味は控えめに

  酸味は肝の働きを強める。しかし、酸味は収斂作用を有しているために摂取しすぎると、春に発散すべきところを抑制してしまう。また、酢、梅干し、柑橘系などの酸味は、脾(主に消化器系統)が弱い場合には、胃腸に負担となるので注意が必要である。この季節には酸味は控えめにするのがよい。

消化管を守る甘み

  春に機能低下となりやすい脾(主に消化器系統)は甘みによって強められる。出来れば自然界の天然の甘みが望ましい。蜂蜜や水飴(膠飴:こうい)は食材でもあるが、生薬としても用いられ、“脾”(主に消化器系統) の働きを強め、倦怠感を取る作用を有している。
  また、冬に用いられた腎(主に生殖器、内分泌、腎臓系統)の機能を高める山芋の類は、脾の機能を高める事ができる。

結語

  東洋医学の春の養生法は、高ぶりやすい“肝”(主に“自律神経系”)の症状に対して、意識してゆったりと過ごすことを精神生活の目標としている。食生活に関しては、春の芳香のあるセリ科の植物を食用、薬用として用いている。筍は春の成長力を秘めた季節の旬のものである。これらは、発散作用を有していて、精神的にはのびやかな気分を、身体的にはこもりがちな熱を外に出し、炎症の源をとると考えられている。
  また旬のものではなく、逆の季節で春に拮抗する収穫物も利用される。菊花はその代表である。
  味覚としては春に亢進しやすい“肝”を強める酸味は取り過ぎず、甘みで春に弱まりやすい“脾”(主に消化器系統)を甘みの食材や生薬を用いて高めていく。
  東洋医学は、季節による変動に対しても、自然界、人体のバランスを考え、いずれかに偏ることなく、それぞれを適度に用いることを重視しているのである。

参考文献

1)南京中医学院医経教研組編,石田秀美訳:黄帝内経素問,1991
2)木村康一,鈴木真海:新註校訂国譯本草綱目 菜部第二十六巻 水斳,春陽堂書店,1975

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol;

Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine
2015

Clinical & Functional Nutriology 2015; ()

When daylight hours become longer and yet the cold feel stronger than in the weeks past, we instinctively know that spring is near. Old scripture writes that on the coldest day of the lunar year, the ying (the “cold front” in terms of meteorology) puts out its last fight against the oncoming yang that the air is more filled with the chill than any other time of the year. This notion is reflected in the Oriental medicine’s perception of the body, in which, when heat necessary to maintain body temperature is hard to acquire through the environment, the inner body heat tends to collect in one area (most frequently around the head), making that part of the body feel hot. This article describes the patient’s presentation of these symptoms and the bio-clinical assessment or diagnosis of such complaints, and the spring time herbs (Japanese parsley, bamboo shoot, chrysanthemums, etc) used to treat illnesses particular to this time of the year. These regenerating shoots are also used to restore one’s body balance primarily to treat the “excitement in the livers” to balance the emotions and the body; or the autonomic nerve system in bio-medical terms.

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