伝統的な実践理論に基づいた、世界水準の東洋医学を目指します
 
東洋医学(漢方・鍼灸)学び方

コラム

三浦於菟先生の誰も教えてくれない東洋医学の話
田中耕一郎先生の漢方薬と身近な食材
橋口亮先生の薬膳教室
東洋医学科医局News
メディア掲載情報
東邦大学医療センター大森病院東洋医学科 関連リンク

【お問い合わせ先】

東邦大学医療センター
大森病院 東洋医学科

〒143-8541
東京都大田区大森西6-11-1
TEL:03-3762-4151(代表)

日本の土壌と文化へのルーツ⑬ 梅雨の養生食

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

梅雨の気象

 春も終わりを迎えると到来する日本の雨季、それは長江流域では梅が熟する時期に起こるために、梅雨と呼ばれる。二十四節気で言えば、芒種(太陽暦で6月6日~6月20日頃)から夏至(太陽暦で6月21日~7月6日頃)に当たる。
 乾燥した大陸性気団(南からの温暖な揚子江気団と北からの寒涼性のシベリア気団)、湿潤した海洋性気団(南からの温暖な小笠原気団、北からの寒涼性のシベリア気団)という4つの気団が、長江流域、台湾、朝鮮半島、日本列島でせめぎ合い停滞する。これが梅雨前線の形成される仕組みである。
 梅雨の特徴は、気団間の境界での前線による降雨と高い湿度である。もう一つは南からの温暖な気団と北からの寒涼性の気団の勢力争いでしょうじる“綱引き”で温かくなったり、涼しくなったりと気温差が激しいことである。

梅雨の時期の疾患

 東洋医学では、湿度の上昇によって生じやすい症状や疾患が想定されている。
 まず、大気の湿度の上昇によって、もともと体液貯留や偏在の傾向がある方はこの時期に体調不良となりやすいと考えられている。この病態を“水滞”と呼んでいる。症状として出現しやすいものとして、頭重感、めまい、重だるさ、倦怠感、胃腸症状、関節痛、湿疹、浮腫などがある。一見病態が多彩に見えるが、東洋医学では“水滞”という病理でお互いに関連している。
 水滞とは、体液、つまり体内における“湿”が貯まりやすく、偏在しやすい体質というものである。つまり身体内の“湿度が高い”のである。水滞を引き起こしやすい体質は、自然界での周囲の大気、つまり外界での湿度が上昇すると、呼応するように体調不良となる。まるで身体が、水の中を歩いてくる感じに重くなるである。その結果、機能的変化による愁訴が生じるのである。逆に体液貯留傾向が少なく、乾燥しやすい体質の者は、さほどこの季節を負担に感じない傾向がある。
 東洋医学では、自然界の気象は、人体の内界での機能的な現象に影響を与えると考えられている。水滞の体質はインドのアーユルベーダではカパと呼ばれている。

胃腸症状

 消化管は飲食で取り入れた固形物以外に、水分の吸収代謝を行っている。東洋医学では“湿”を処理する機能系統である。東洋医学では、梅雨の季節とともに外界の湿度が上昇すると、内界の湿の処理を担当している消化管の負担が倍増すると考えられている。  この時期の食べ過ぎや、油ものの食事は、消化吸収不良を起こし、胃もたれ、胃つかえなどの症状を引き起こしやすい。

湿疹

 皮膚に出現する湿疹とは、身体にある“湿”を発汗によって皮膚から出そうとして出しきれなかった場合に生じるというのが東洋医学の考え方である。
 外界の湿が多い時期には、体内の湿も迅速に処理される必要がある。しかし、梅雨の時期は4つの気団がせめぎあい、暖かくなる日もあれば、冷え込む日もあり、気温差が激しいもの特徴である。暖かい日が続き、皮膚より発汗が開始された直後に気温が下がると、皮膚からの発汗は十分に行えず、皮膚表面に停滞した“湿”は湿疹となるというのが病態である。

関節炎

 梅雨の時期には、疼痛、特に関節痛もまた生じやすい。過去に関節を痛めたり、関節症などの疾患を有する場合、雨天前の湿度が上昇してくる時間帯は関節痛が悪化しやすい。これは日常臨床でも見られる光景である。湿度の高さが何故関節痛につながるのかという科学的検証はなされていないが、東洋医学では外界の湿度が、比較的体表部に近い関節が炎症などにより“浮腫”を生じている場合に病態を助長するためと考えられている。また気温の上下による発汗不利は関節痛の増悪に寄与しているというのも、東洋医学的な病態である。そのため、関節痛の治療には麻黄など発汗作用のある生薬が多く用いられている。

感染症

 冬季の寒冷で乾燥した大気の中で増殖する細菌やウィルスもいれば、夏の温暖湿潤な環境を好んで増殖をする細菌、ウィルスも存在する。前者は例えばインフルエンザA、後者には手足口病を引き起こすコクサッキーウイルスA‐16、A‐10、エンテロウイルス71が挙げられる。現在のようにミクロの世界の生物を観る方法がない時代に作られた東洋医学では、前者を“風寒邪”、後者を“湿熱邪”などと呼び、治療法を区別している。
 梅雨の時期は“湿邪”であり、後半になれば気温上昇とともに“湿邪”は“熱邪”と絡まり、“湿熱邪”となる。“湿熱邪”は身体が最も処理しにくいものと考えられており、中国の清の時代には様々な治療が生み出されていった。

治療 ~湿を処理し、胃腸を守る~

 人体の消化力は外界の湿度に影響を受ける。梅雨の時期は消化管に負担がかかりやすいために、治療の主体は、消化力を高め、身体の湿を処理することに重点が置かれる。また、身体内の“湿”、つまり使いきれない水分の停滞、偏在を是正し、余分な“湿”は発汗、利尿によって体外に排出する必要がある。水分代謝の正常化の仕組みを、東洋医学では“利水”と呼んでいる。利尿は“利水”の一部の手段に過ぎない。

代表的漢方薬 ~五苓散~

 “利水”の代表薬に五苓散がある。  五苓散の名の通り、五つの生薬が入っている。その内、“苓”は猪苓(チョレイマイタケ)、茯苓(マツホド)という菌類の生薬である。菌類は森林の日のあまり当たらない湿の多いところで生息し、迅速に足場を築き成長する。沢瀉(サジオモダカ)は池、湖畔を好んで根を張る水生植物である。  猪苓、茯苓、沢瀉は、いずれも自然界の“湿”を好んで生息している。自然界の湿の処理に優れるものは、人体内においても“湿”の処理にも長けていると考えたわけである。そして、実際に臨床上で組み合わせることで、“湿”の偏在、停滞を正常化する基本薬として効果を発揮し、2000年間用いられてきた。CT、MRIで改善の評価が出来るようになった現代では、脳外科の分野で脳血管障害や脳腫瘍に伴う脳浮腫、慢性硬膜下血腫などに応用されている。

梅雨の養生食 薏苡仁

 薏苡仁(ヨクイニン)は、ハトムギの種子である。薬用としても優れていて、胃腸、四肢関節、皮膚の“湿”を除去する作用があり、消化管機能を高ることが出来る。また、排膿作用もあるために、腸管、四肢関節、皮膚の化膿性炎症にも有効である。民間ではいぼ取りの特効薬としても使用されてきて、現在でも尋常性疣贅(パピローマウィルスによって形成される腫瘤、イボである。)の特効薬として知られている。
 ハトムギの種子は熱帯アジア原産の食用としての穀物でもある。そのため“水滞”の体質では、常食することで梅雨に限らず、体調の維持のためにも不可欠である。食用にする場合は粥などスープにするのがよい。

赤小豆

 赤小豆は食用としてもよく用いられるが、浮腫、特に妊娠中の浮腫に欠かせない生薬でもある。鯉と赤小豆を用いると、赤小豆鯉魚湯(セキショウズリギョトウ)という漢方薬となり、腹水の治療にも用いることが出来る。菓子のように甘みとあわせると、利水効果は減弱してしまうため、梅雨を乗り切るためには、生をそのまま煎じたスープを飲むと良い。薏苡仁と合わせて使用するもの非常に相性が良い。
 豌豆(エンドウ)は赤小豆ほどの薬効はなく、専ら食用であるが、“利水”し、消化管の消化力を高めるために梅雨の時期にはよい食材である。

蓮の葉

 生薬名は荷葉(カヨウ)という。蓮は泥水の中から生じ清浄な美しい花を咲かせることから、ヒンズー教は聖なる植物として、またや仏教では仏の智慧や慈悲の象徴とされている。
 水の中に生きて、清濁から清を分別することから、腎泌尿器系疾患にも応用されてきた。
 東洋医学では、蓮のあらゆる部分を用いる。種子、果肉、雄蕊、地下茎(蓮根)、葉などはいずれも生薬である。梅雨に用いるには蓮の葉(荷葉)がよく、身体の“湿”を処理する。梅雨の後半の気温上昇による熱感も清する力がある。1)

結語

 梅雨は春から夏に移る際に、日本列島を囲む四つの気団のせめぎあいによって生まれる多湿で気温差の大きい環境である。
 このような時期に生じやすい症状には、重感、めまい、重だるさ、倦怠感、胃腸症状、関節痛、湿疹、浮腫がある。これらは一見多彩に見えるが、東洋医学の目では体液の停滞、偏在から多く起こる症状である。
 その治療には湿気の多い環境で生息する植物が頻用されている。五苓散(ゴレイサン)という身体の“湿”を処理する漢方薬中の猪苓、茯苓、沢瀉はその代表である。
 他にハトムギの種子である薏苡仁(ヨクイニン)、赤小豆、蓮の葉などは薬用としても適するが、食用として粥やスープにするのも、梅雨や湿度の高い時期を乗り切るのによい。
 自然界の気候と人体の仕組みには類似性があり、関連しあっているというのは東洋医学の基本的な考え方であり、その智恵は医療以外に食文化としても非常に人々の健康に貢献しているのである。

参考文献

1)神戸中医学研究会 編著:中医臨床のための中薬学,医歯薬出版社, 1992

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol; 13
Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine, 2015

Clinical & Functional Nutriology 2015; ()
Japanese monsoon occurs between spring and summer caused by 4 separate blocks of air pressure simultaneously surrounding the island nation. It is marked by significantly high humidity and wide range of temperature difference. Symptoms likely presenting during this period are heaviness, dizziness, tiredness, gastric in nature, joint pains, skin rashes, and edema. In oriental medicine discipline, these seasonal maladies are considered to be manifestation caused by excessive water volume in the body, irregular distribution of water in the body, or stagnant circulation caused by the environmental changes. Also, people with dryer constitution tend to be spared from suffering these symptoms.
Treatments of these symptoms are predominantly done with plants that grow in humid areas. Umbrella polypore sclerotuim、poria cocos、and threeleaf arrowhead are the most common of the Gorei-san (wu-ling-san) treatment that deals with the body’s “wetness.” Other foods like red beans and lotus leaves cooked in soup is also good to alleviate symptoms.
This month, we will explore adverse physical conditions brought on by high humidity and fluctuating air temperature and the herbs to treat each of the different manifestations.