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日本の土壌と文化へのルーツ⑮ 秋の養生食

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

食と気

肉体は、人がこの世で生きるためのいわば“乗り物”なのであるが、それを機能させる良質の物質的素材が取り入れられる必要があるのは言うまでもない。その多くは栄養学の範疇で語られているものである。

しかし、東洋医学における食とは、食物という物質を単に摂取することではなく、その食材のもつ“食気”を取り入れることにある。だからこそ、自然界の営みを注意深く観察し、その“気”が集まる食材を選んでいる。その時期を旬と呼んでいる。

気団も、もともとは太陽に熱せられ、それによって生じた水、風の動きである。この地球上の“生きた”活力は、性質の違う4つの気団によって、特徴のある季節変化が生じ、四季が彩られている。

このような自然界の法則性も人体に応用しようというのが、東洋医学の気象学の分野である。

夏から秋への移り変わり 気象学と人体

気象学は、自然界の移り変わりを扱う分野である。気象の原動力となっているのは、地球から受ける太陽の熱量の違いによる南北の温度差である。

日本を取り巻く、4つの気団、つまり乾燥した大陸性気団(南からの温暖な揚子江気団と北からの寒涼性のシベリア気団)、湿潤した海洋性気団(南からの温暖な小笠原気団、北からの寒涼性のシベリア気団)の中で、夏に力を有していた小笠原気団は、秋になるにしたがい影響力を失う。それは南方からの熱量の供給が弱まるためである。

盆を過ぎると、焼けるような日差しとべっとりと身体にまとわりつくような湿気は去り始め、しとしと雨と共に冷涼な空気が流れ込んでくる。これは北から、寒涼で、乾燥したオホーツク海気団が力を有して、日本を覆い始めるためである。オホーツク海気団と小笠原気団は日本上空でせめぎあい、押し合いへし合う。徐々にオホーツク海気団が小笠原気団を追いやる形となる。この時期を処暑という。夏の熱、湿が終わりを告げるのである。

中国のことわざには、『一場秋雨一場涼』(秋雨ごとに寒くなる)というものがある。

このように、秋雨を繰り返しながら、夏の暑気が段階的に去っていく様子は、前述の熱中症に用いる漢方薬である白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)の薬効の説明に比喩的に用いられている。つまり、夏の暑気を冷涼な空気と秋雨により大気を冷やしていくように、白虎加人参湯は人体にこもった熱邪を冷却していくのである。その主な生薬は石膏という、自然界の鉱物である。

肺と乾燥

この時期の気候の特徴は、日中は暖かく、日が暮れると涼しくなるように昼夜の気温差が激しく、湿度が低くなることである。この時期に身体中で最も影響を受けやすいのは肺である。

東洋医学の肺とは解剖学的な肺臓のみではなく、肺、器官、鼻といった呼吸器系統と、皮膚、皮毛を合わせた概念である。

古来より、皮膚は肺と密接な関係があるとされ、民間で行われている乾布摩擦はその一例である。皮膚を鍛錬することによって、肺を強化し、感冒の予防をするというのである。感冒の際に、ウイルスは口、鼻から人体に侵入するのであるが、それに伴って生じる背部がぞくぞくするような悪寒、発汗、肩甲部の筋緊張などは体表部に出現している。東洋医学ではその症状に着目して、病邪(感冒の原因となるもの)は体表部から身体に徐々に深く侵入していくと考えた。そして、体表部を強くすることは病邪侵入への抵抗力につながると考えたのである。

それに対する代表的漢方処方が、麻黄湯(まおうとう)、葛根湯、桂枝湯(けいしとう)といったものである。これらの処方は、体表部の血流、筋緊張の調整を通じて、悪寒、発汗、肩甲部の筋緊張などの感冒症状の改善を目標として用いられてきたものだが、現代の研究において結果的に抗ウイルス効果も有していることが分かってきている。

ウイルス感染により反応的に生じた身体全体の症状に対するアプローチは、抗ウイルス薬を上流とすれば、下流に属するものだが、その下流の調整により、上流の治療につながるというのは非常に興味深いことである。

漢方薬以外に体表部を刺激する治療法として鍼灸学がある。その中に、感染症に対しては火針といって、鉄製の針を火で加熱して経穴(つぼ)に指して身体を温める治療がある。しかし、この治療は繊細な技術を要し、強度、疾患の種類、時期によって反って増悪させてしまう危険が多く、『傷寒論』(2000年前の感染症マニュアル)には失敗例と、その救済のための漢方処方が記載されている。

秋の時期の疾患 乾燥症状と鬱症状

肺が弱い体質は秋を越すには注意が必要である。東洋医学では肺は臓の中で最も華奢とされ、大気に寒暖により容易に影響を受けやすいとされている。呼吸器疾患、皮膚とも、乾燥症状、つまり鼻閉、空咳、皮膚の乾燥、掻痒感といった症状が生じやすい。

しかし秋に肺が影響を受けるのは身体の乾燥症状だけではなく、精神的には、秋は悲しみ、憂いといった感情が強くなるとされている。これは東洋医学において、“肺”は悲しみ、憂いの感情を担当していると考えられている。それは、言葉にならないため息など、空虚感を背景として生まれてくる感情である。肺が弱いと、秋には一層この感情が強く出現しやすい。

夏の暑さの中で寝苦しい日々が続いた後で、秋へ向かう涼しい夜はよい眠りを誘う。しかし、一方で夏の疲労感が強く意識されるようになり、倦怠感が生じやすい。東洋医学的には“気虚”という状態である。この状態は、感情生活にも影響を受けやすく、気分の落ち込み、鬱症状を呈しやすい。そのため、秋には夏よりペースを落としつつ、今まで行ってきたことの総括をすることが望ましいとされている。

秋の養生 睡眠

夏には遅く寝るのは構わないが、早起きが大切であった。これは長くなった日照時間に出来るだけ身体をさらすことが、身体の代謝を活発にするとされているためである。しかし、秋には、少し遅めの起床にて睡眠時間を増やすことがよいとされている。また、昼に仮眠を取るのもよい。ここで無理をすると冬の寒さに身体を痛めやすくなる。夏の暑気により消耗した“気”をこの時期に回復する必要があるためである。

代表的漢方薬 ~麦門冬湯~

この時期の代表的な漢方処方は麦門冬湯である。“肺を潤す”とされ、空咳の代表処方である。唾液や胃液などの分泌液不足の状態にも用いられ、粘膜の分泌作用を促す作用を有する。

また、皮膚の乾燥による掻痒感には当帰飲子(とうきいんし)が用いられる。名前の通り、当帰(とうき)という女性の産婦人科領域でよく用いられる生薬であるが、皮膚の血行を改善し、皮膚の乾燥防止にも用いられている。

百合根は食材としても用いられるが、漢方生薬でもある。生薬名は百合(びゃくごう)と発音する。麦門冬(ばくもんどう)と同様、潤肺作用があり、加えて安神作用という精神活動を安定させる働きがある。

秋に街路を黄色に彩るイチョウから取れる銀杏は、生薬では白果(びゃっか)と呼ばれ、止咳、止痢作用を有し、炎症を取る力も強い。食材としても用いられるが、止咳作用としての薬効は強く、シアン化合物を含むため、十分に加熱し、食するのは少量に留める必要がある。

秋に収穫される果実には、秋の乾燥から肺を守る作用が自然界から与えられているのである。

秋の代表的食材

秋の食材は“少辛多酸”といって、辛いものは少なめに、酸っぱいものを多めに取るという考え方がある。辛いものは身体に熱をもたらし、発汗作用がある。秋の気温低下にある程度が必要なのであるが、乾燥症状を悪化させるので、少量に留めるのである。酸味は、梅干の酸っぱさを想像しただけで、口腔内への唾液分泌が増加するように、粘膜の分泌作用を促すなど身体を“潤す”作用がある。そのために秋の乾燥に対しては重要な味である。しかし、多くの酸味は身体を冷やす作用もあるために、辛いものも少量合わせてバランスをとる必要がある。これらは味覚から身体を調整するという東洋医学の考え方である。

食材で代表的なものは梨である。梨は、夏の終わりから、秋にかけてが旬である。豊富に含まれる果汁は“潤肺”作用があり、この季節には欠かすことの出来ないものである。しかし、梨は身体の熱を奪う作用があり、“寒性”の食材である。そのため、食べ過ぎると身体が冷えやすくなり、もともと冷え性の方や胃腸虚弱の方には不向きである。その難点を補うために、“温性”で潤肺作用を有する蜂蜜と合わせて、梨を加熱するとよい。潤肺作用は強化され、梨の寒性は相殺される。食材の寒性を減弱するためには火を加えるとよい。東洋の食材で生野菜があまり使用されないのは、この考え方による。

また、秋の味覚である柿にも潤肺作用があるが、寒性の食材である。干し柿とするのは、この寒の性質を減弱させて、潤肺作用だけを利用するという知恵なのである。

“潤肺”作用を有する食材は、淡白な味で、胃腸にもやさしいものが多い。しかし、寒性のものが多いので、加熱による調理が必要である。

百合根は微寒といって、やや身体を冷ます性質がある。肺を潤し、心身の不安を鎮め、胃腸を強め、消化機能高めるという、秋には最適の効能を持っている。茶碗蒸しなどに入れるのもよい方法である。

白きくらげは、銀耳と呼ばれ、潤肺の代表的食材の一つである。百合根と銀耳に、蓮の実、クコの実(枸杞子)、砂糖を合わせたスープ、百合蓮子銀耳湯もこの時期によい。

結語

秋には、暑熱が後退し、涼しく乾燥した大気が身体を取り囲む。乾燥に弱い肺系統はそれを一番敏感に察する。空咳、鼻閉、皮膚乾燥といった症状である。また、自然界の生物も活動を落とし、枯れ行く植物が相次ぐ中、人にも物悲しい、空しさの感情が生まれやすくなる。それが適度であれば、静かな時間を過ごしながら充電期間を過ごせるのであるが、肺が弱いと悲しみ、憂いの感情が強く出やすい。秋には身体、感情とも活動性を落とし、おとなしくなっていくのである。

その季節に対応するために、旬の食材が自然界から用意されている。梨、百合根、柿、銀杏といったものである。いずれも寒性の食材のため、身体を冷やす作用があるが、加工や調理法によって、その性質を減弱する工夫がある。旬の食材をその時期に適した加工、調理を行いことで、食の楽しみと心身の健康の双方を保つことが出来るのである。

参考文献

1)梁晨千鶴 著:東方栄養新書,東洋学術出版社, 2005

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol; 15

Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine, 2015

Clinical & Functional Nutriology 2015;7 (5)

In autumn, Okhotsk Sea air mass, which is cold and dry, is getting stronger in north of Japan and coming down to cover Japan. This dry and cold air influences “respiratory system” in Oriental Medicine, which includes not only anatomical respiratory organs, nose, skin, but also melancholic feeling. This month, we will explore the discipline of “autumn-dry disease” ; such as dry cough, dry skin, nasal obstruction, and depression. In Oriental Medicine, outer environment of weather influences humans physically and mentally.
“Bakumondo-to,”which contains 9 herbs, is often prescribed for dry cough. The main herb, Bakumondo, the root of Ophiopogon japonicus, promotes secretion to “moisten lung”. Pear fruit and the root of lily are also Autumn foods to “moisten lung”. We often eat Ginkigo nut in Autumn, which has strong anti-cough effect. Therefore, we do not have to eat Ginkigo nut very much. “Lung controls melancholic feeling”. People, has the weak Lung system, tends to be melancholic. Oriental Medicine pays attention to the relationship among outer environment and inner physical mental envirment as above.