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日本の土壌と文化へのルーツ⑯ 生薬、食材を見分ける眼

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

食材を見分ける目

食材は野生種からの無数の品種改良が進み、現在に至っている。米はその典型であり、人類の知恵の結晶とも言うべき作品である。今、現在の品種が失われたとして、元の野生種が残ったとしよう。しかし、数千年の時間をかけて行われてきた改良を、元の野生種からいきなり、現在の品種を生み出すことは、今の技術を以てしても至難の業である。

食材の場合は、収穫量、植物としての強さに加え、摂取する人間にとっての味覚、色、形、大きさを合わせ、場合によって食べやすいように種子を付けない品種などの工夫がなされてきた。

また食材には産地が重要である。品種の違いももちろんであるが、その土地の気候、土壌に適した作物の栽培、その土地で長年培ってきた技術、技術によって生み出された品種によって味に違いが出てくる。

“旬”のものとは、葉、果実、根のどの部分の食材かで異なる。葉であれば植物全体が成長期のもの、果実の成熟時期には、植物の全体は成長を止め、開花の後に部分的には枯れつつある。東洋医学の眼で見れば、植物のどの部分に“気”が集中しているかが非常によく分かる。この場合の“気”とは、「活きが良い」というニュアンスで受け取って頂ければよい。

魚の市場の競りでは、仲買人がこの魚の「活きが良さ」を“観”ている訳である。魚のどの部分の何を観て、魚の皮膚のみずみずしさ、光沢、鮮やかな色調、鮮紅色のえらの色、眼の透明感、腹部の張り、かすかな潮の香がしつつ、生臭くないなど、多くは人の感覚によって鑑別されている。

青果市場であれば、野菜の表皮の艶、光沢、しおれの有無、歯ごたえなどの弾力性などがそれに当たる。

これらの技術は、仲買人の“腕”であり、経験により蓄積されたものである。
この感覚は、東洋医学の診察と非常に類似している。そこでは、診察室に入ってくる患者の姿勢、雰囲気などの印象を、診療では微細に感じ取って、それを背景に問診に移っていく。検査のない時代では、それが技量の全てでもあったのである。東洋医学でも、診療体系の多くは医学的な知識で支えているのであるが、微細な変化の部分を観察する“眼”は非常に重要とされてきた。

多分に経験的で客観的評価がしにくい部分である。食材の旬という点から、少し深めてみたいと思う。

今回は科学者としての論理的思考ではなく、臨床家としての感性の部分により注目している。

食材の種子と旬

東洋医学では、食べているのは、食物の有する“気”(食気)であると考えていた。そのため、同じ植物でも、産地はもちろん、時期、鮮度、部分による生命力の違いは、摂取するものに与える影響にも非常に違いが出てくると考えられていた。また、季節によって、人体に応じた代謝物を摂取する工夫が経験的になされてきた。

季節により、人体が必要なものを摂取することで、味覚としても人は美味しいと感じるのである。

食材の果実と旬 冬

また、冬は根菜類の摂取もよい。植物は地上部を枯らしたり、葉を落したり、地上部での成長を止め、根に“気”を集中させている。大きさを増す成長力は止めているものの、根に生命力を秘めて生きている状態である。冬には地下の根が旬なのである。

その代表は、大根である。
根を用いる生薬も、地上部が枯れて秋冬に収穫される。
根菜の特徴は、「生命力は有しているものの、成長力は潜在的に発現していない。」ということである。この特徴は、東洋医学の冬の過ごし方と非常に関係がある。

東洋医学の冬の健康法に、朝は早起きしすぎず、行動を控えめに、身体は冷やさないようにするというものがある。冬は大人しくし、滋養分の多い種子や根菜を食べて過ごす事が、春に向けての活力につながるというものである。

東洋医学的には滋陰作用といい、精神、身体活動を鎮静されながら、身体の栄養状態を整えていくものが多い。

食材の種子と旬 春

春には、「気汁が上に上ってくる。」という言葉がある。開花前の桜を遠くから眺めてみると、冬場には枯れたような枝であったものが、活き活きと大きく見えてくるように感じる。細かく見れば、芽や蕾が活き活きとしているのがわかる。

この状態は、東洋医学の眼で観れば、根に潜伏していた“気”が枝へと上がってくる様子なのである。

そして、一旦芽を出すと急速に茎を伸ばし、葉を伸ばして成長し始める。春に発芽し始めの芽は、成長速度に見られるように、“気”は芽に集中している。春の山菜や筍は、活発な成長に表されるように、植物全体としても最も「活きが良い」部分である。そして、摂取することで、ウド(独活)など、人体の代謝(東洋医学的に言えば、“気を動かす”)を活発(発汗作用など)にするものが多い。

また、植物においては、種子の時期には、“気”は内在されていて動きがない。この状態を東洋医学では、その季節の気が収斂(凝縮されている)と考えていた。滋養分が多く含まれており、旬の季節に摂取することが好ましいとされていた。春の代表は、桜桃(サクランボ)である。

東洋医学では、人の春の健康法も自然界の動きと呼応したものとなっている。朝は早めに起き、きつくない衣服を身に着け、気持ちも身体もゆったりと行動させる。春には、自然界の変化に応じて、人は精神的にも、身体的にも行動的になると考えられている。そのため、行動的な性質に拍車がかかりやすい時期でもあり、“ゆったりと”緩める工夫が重要視されている。さらに、冬に無理を重ねていると、春に精神的にも身体的にも、踏ん張りが効かなくなり、熱感を伴う症状を呈しやすいと考えられている。前者の例は“五月病”、後者は不明熱の範疇に含まれる疾患群である。

食材の種子と旬 夏

夏には葉を多く付け、成長の速度は低下していく。葉の食材、生薬は旬の時期となる。夏には地上部が盛んな光合成をおこない成長するために、地上部に“気”が集中している。紫蘇など油脂を多く含むシソ科生薬も、暑さという気候でより品質の良いものとなる。

夏の暑気払いとなる西瓜、胡瓜などのウリ科の果実は特別なもので、水を集中的に集め、水瓶のように膨らむ。この水は植物が自然界から取り入れて、循環させている“生きた水”であり、人にも良質な水分として吸収されて、夏の熱気で燃えそうな身体を冷却水のように冷やしてくれる。

夏の旬の果実としては、食材としての西瓜、冬瓜、玉米(とうもろこし)、竜眼肉、桑椹子(桑の果実)という重要生薬がある。

東洋医学的には、水には多様な種類がある。どこの産地のものか、流れているものか、停止しているものか、人の手で泡立てたものかどうか、で人体に与える生理的作用が異なるとされる。中でも、植物という他の生命が有する水分は、無機的なH2Oよりも“食気”を含んでいるので、より人体にとっては生理的で有用であるとされている。

食材の種子と旬 秋

秋は大気が乾燥し、果実の収穫の時期となる。東洋医学的には、甘味を有する豊富な果汁を含む果肉は、身体の“気血”(東洋医学で身体の生命活動を支えるもの)の不足を補う作用や、特に梨は潤性があり、特に肺の潤いを増やし、大気の乾燥による咳嗽などから肺を守る働きがある。秋の旬の果実は、柿、胡桃肉(クルミ)(夏に新鮮なものを採取しておくとよい。)、蜜柑がある。胡桃肉はアンチエイジング、東洋医学での補腎の生薬としても有用である。

自然界が“成果”である果実をつけ、地上部の成長を止めるように、秋の健康法でも精神的にも身体的にもペースを落とすことが大切である。夏よりも一時間程度長めに睡眠時間を取り、冬を越し、春に備える充電期間に入る。

現代生活では季節変化を感じる機会が少なくなった。しかし、東洋医学の臨床では季節変化に応じた疾患があり、現在でも今なお、人間の精神・身体の仕組みは自然界のリズムに呼応したリズムがあるようである。

季節があるというのは植物にとっては負荷

季節性があるのは、植物にとっては、自然界から来る負荷でもある。植物はその環境変化に順応し、季節ごとに成長発達と衰退の波を有している。その時々で成長点が異なり、最も力を持った部分が旬なわけである。食材として、人はその部分を美味しいと感じる。

厳しい環境が生薬を育てる

生薬は、食材のように人が美味しく食べられるように品種改良することはない。逆に通常は野生種がより薬効が強く尊ばれる。

これは何故だろうか?
生薬の世界では、「いじめないといいものが出来ない。」という言葉がある。
同じ品種であっても、快適な環境で肥料を多くやっても、根が“太る”だけで薬効が生まれないというのである。

極端な高温、低温、寒暖差、乾燥、湿度は、植物にとっては大きな負荷、自然界からの“いじめ”である。しかし、それを乗り越えるために、植物は解糖系、クエン酸回路といった生命維持に必要な代謝系以外に、限られたエネルギーの中で、二次的な代謝回路を生み出した。アルカロイド、フラボノイドなどがその例であるが、その代謝産物の多くは人体にとっては薬効を有している。これはまた別の機会にでも触れたい。

生薬は品質管理されているものロットにより、薬効成分の違いがあり、良品と粗悪品が存在する。それを鑑別するのは、生鮮食材と同様に“腕”が必要なのである。また、それは人間を観るためにも必須のものなのである。

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol; 16

Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine,

Clinical & Functional Nutriology 2015; 7(16):325-7

In order to choose the best among fresh foodstuff, such as fish and vegetable, it is necessary to make full use of one’s sensitive organs based on knowledge and experience.
In nature, climate is ever changing. Japan has four seasons. Every plant are also changing and fitting their growth to each season. For example, seeds are the condition in which all vital energy “Qi” is extracted. In spring, plants concentrate most “Qi” in bud, which makes it very tasty. In summer, plants concentrate in leaves. In autumn, they do it in fruits. Buds, leaves, fruits have its own powerful timing, which is the also the best time for us to take these. In addition, it is considered to be healthy that humans, as one who live on the earth, also fit their life style to each season like the plants’ life.
(200 words)