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日本の土壌と文化へのルーツ㉒ 北方遊牧民族と食、医学への影響

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

内モンゴル自治区

モンゴル民族の居住地区は、万里の長城以北に連なる広大な沙漠地帯である。このゴビ砂漠を分断するように、中華人民共和国の内モンゴル自治区とモンゴル共和国に分かれている。ゴビはモンゴル語で沙漠という意味だが、この一帯は乾燥地帯であるものの、草原も見られ、完全な砂沙漠ではない。とは言え、農地に向かず、過放牧でもあっという間に砂漠化してしまう。エフェドリンを含む麻黄、滋養強壮作用を有する肉蓯蓉、鎖陽はこの乾燥地帯を生き抜くための特殊な代謝系の賜物である。

モンゴル国の方はゴビ砂漠を含む北方となり、高山沙漠、草原地帯のステップが続いている。一方のゴビ砂漠を含む南方は、中国内の内モンゴル自治区である。内モンゴル自治区は、モンゴル共和国と様相が異なる。こちらも乾燥地ではあるが、東にかけて一定の降水量があり、農地がみられる。遊牧生活だけではなく、農地で栽培されたものを食することができる。

また、中華人民共和区建国後、漢民族の移入が増え、人口の80%を占めるようになっている。内モンゴルでの食事は、モンゴル国内とは異なり、多様で中華料理の混在したものとなっている。この点からモンゴル料理が漢民族の文化に侵食されているような感覚を得るかもしれない。しかし、中華料理とは中国の料理という意味だが、純中国性という訳ではなく、北京を中心とした地域は、歴史の関係上、異民族の料理を洗練したものをかなり含んだものとなっている。

中国での料理の発展形式のユニークさ

料理は変化する。「料理というものは、人間とその社会の進歩とともに共存していくもの。人間の感性が進歩し、社会の文化と風俗が爛熟するにつれて料理も進歩していく。」1)中華料理は、その歴史の荒波の中で、幅を広げ、熟成されてきたものと言える。

中国北方の遊牧民族であるモンゴル族は、現在、チベット仏教伝来もあり、敬虔な仏教徒である。しかし、かつてはチンギス・ハンが帝国を築き、強力な戦闘力を武器に、東アジア全域とユーラシア大陸西方までの広範囲の地域を支配した。

「中世のヨーロッパは、近隣の諸国と戦争を繰り返しても、味覚の根幹と風俗の質はそれほど変わらない。チンギス・ハンがヨーロッパを脅かしても、ヨーロッパ内部の食生活はほとんど変わらなかった。またフランスが体験した市民革命によってさえ、料理はその姿を変えなかった。革命の前も最中も、そして王朝を倒した革命後も、大衆は同じものを食べつづけた。それは大衆が料理にまで変革を求めなかったからである」1)

一方、中国ではヨーロッパで異なる形で異文化が浸透していった。

「中国は金や元といった新しい王朝が建つたびに都の主だったランドマークは破壊され、建て替えられた。そして今までとは別の風俗が取って代わった。首都北京も昨日までの料理体系が反古にされ、大衆は新しい料理を歓迎した。しかしその一方では慎重にかつてのよいものだけが、選択され、激烈な淘汰を経て残っていく。」1)

支配王朝が、北方の遊牧民族であった時代も経て、中華料理とは実際は多民族文化の融合の結果生じたものとなっている。

中国料理の多文化の吸収力 チャーハンは回族料理?

日本で、最も身近な中華料理として、炒飯があるが、これも“純中国的”な料理ではない。「北京をはじめとする華北部は粉食のエリアであり、今でも米の飯なぞ食べないという北京人は多い。米は北京人の精神構造から言っても主食ではない。」1)というように、中国北部での主食は米ではない。また、残りの冷えた米を調理するという発想に一層なじまない地域である。

「炒飯はもともと西域の回族料理である。新疆ウィグル自治区に伝わったものは、「ポロ」と言い、羊肉の脂で炒めたもの。通常は玉葱と人参の細切れと一緒に炒めるが、羊の骨髄の油だけを用いて緑色の乾し葡萄や杏と炒める作り方もある。それがいつの時代か、米所の江南(註:長江下流の南岸地域で上海、杭州、蘇州などを指す。)に渡来した。」1)

西域の回族の炒飯は中国の北方では受け入れられず、より南方の米食の盛んな地帯で広がったというものであり、一説として非常に興味深いものである。今でも炒飯は、回族でよく食され、清真炒飯と呼ばれている。江南地区では揚州炒飯などという名称が残っている。

日本のラーメンは満(州)族の料理?

ラーメンもまた中華料理として日本に紹介されたものだが、その中国での起源ははっきりしない。

「今の北京の繁華街で決してお目にかからない料理に「吊子」(註:豚の臓物の醤油スープ煮)がある。食べたいと思ったら下町の天橋(註:天安門から南方、天壇公園の西に広がる地域で、かつての“下町”である。)」1)「その作り方は、大鍋に水を張り、豚の臓物と醤油を入れる。あとはぐつぐつ煮るだけ。スープが足りなくなったら水を足し、そして臓物や醤油を足して、ひとつの鍋が乾上がることはない。それが雨の日も風の日も吊子屋の軒先で茶色のあぶくを立てている。もともとは満族の料理だ。」1)

そのスープの味は日本のラーメンと非常に似ており、ラーメンに入っているチャーシューは、満族が好む看板料理の煮豚であることから、ラーメンは、満族の食文化の産物ではないか、と勝見氏1)は述べている。満州族、満州人など呼称が複数あるが、ここでは満族と呼ぶこととする。

豚肉は使用しないが、牛肉を用いたラーメンは、回族の多く住む西域の甘粛省や寧夏回族自治区、新疆ウィグル自治区などでも朝食から好んで食されている。中原から西域の入り口である甘粛省の蘭州では、早朝早くから、名店には長い行列ができている。ラーメン店は真夜中から仕込みが始まる。日本では、夜に一杯やった後の締めにラーメンを食するが、回族の習慣では、早朝の仕事前にラーメンという訳で、夕方以降は閉店してしまっている。回族の衣装、特徴的な白い帽子の多くの回族のなかに混じって、朝の胃腸に牛肉麺を注文する。麺の太細さ、麺の量、牛肉の量に応じて、値段が変わってくるために、外国人にはかなり複雑なシステムである。待ったかいあって、ようやくありついたスープは日本人のラーメンに似ており、空腹にしみわたり非常に美味である。現地ではさらに香辛料の入った辛味の強い油をかけて食べる。葱ではなく、コリアンダーなどのハーブを使う点もシルクロードからの文化の影響を感じる。蘭州では、朝食だけではなく、昼食事にも非常に繁盛している。牛肉麺屋の盛況ぶりをみるに、ラーメンは純粋な中華料理というよりは、回族のラーメンが、清代に満族と融合した食物かもしれない。

中華料理として日本に流入してきた“支那そば”でさえ、中原の漢民族というよりは、むしろ北方の満族、西方の回族のオリジナルではないかという説があり、甘粛省で回族と朝のラーメンを共にしながら、うなずけてしまうのである。

北京料理と回族、モンゴル族の影響

北京料理とは、明王朝以来、周辺の山東省、山西省、東北地方の満州、さらに宮廷料理の要素が交じり合った味覚とされている。

しかし、北京料理はモンゴル支配の元の時代の面影を依然として色濃く残している。

今日、有名な北京料理である涮羊肉(羊肉のしゃぶしゃぶ)や烤羊肉(羊の焼肉で日本のジンギスカンの原型ともされる。)は、いずれもモンゴル料理である。

有名な北京ダックは、もともとアヒル料理の盛んであった南京料理が明の時代に北京に伝わったものとされる。それに、香ばしさと肉の柔らかさを追及するため、調理法に炙り焼きの技術が加えられて、北京の宮廷料理となった。主に焼き方の違いにより、オーブン式の扉付の炉で蒸し焼きにする闇爐(アンルー)と、扉無しの炉で直火でアヒルを炙る明暗爐(メイアンルー)とに分かれる。後者は、インドのタンドール(註:北インドからアフガニスタンにかけて用いられる円筒形の粘土製の壷窯型オーブン)との類似が言われ、北京ダックとは言えども、もともとは南京料理とシルクロードから西域の調理法を合わせたものである。

東洋医学における北方民族支配時代の発展

金は満州に住んでいた女真族、元はモンゴル族、清は女真人、蒙古人、遼東漢人等の北方諸民族を統合した満族による支配国である。

北方諸民族による支配を受けた金元の時代は、中華料理だけではなく、東洋医学でも多くの学説が出て、発展遂げた時である。当時の有名な医師は、金元四大家と言われている。この時期に、漢の時代の“感染症マニュアル”である『傷寒論』から、陰陽五行論を背景とした理論的な診断治療学へ向けて、学説が展開されるようになった。漢時代の医療を主に実践するグループ(日本では古方派、中国では経方派と呼ばれる。)、金元から明にかけての理論漢方を実践するグループ(日本では後世方、中国では時方派と呼ばれる。)が、現在においても継続して存在している。東洋医学を行う医療関係者にも、料理と同様にオリジナルに対する好みがあるのである。

元の滅亡後の、明代において、当時“最先端”であった時方の医療を日本に持ち帰ったのが、田代三喜である。その弟子である曲直瀬道三はそれを継承し、戦国時代に多くの武将を治療したことでも知られている。

北方民族の生薬を取り入れた東洋医学

文化が入り混じることで、東洋医学は文字通り、他の民族の生薬をも取り込んで、“中華化”して用いている。それによって幅が広がった。甘粛省から内モンゴル自治区の代表生薬をみてみよう。

柴胡、胡黄連、銀柴胡など胡がついているものは西域に入口にあたる甘粛省からシルクロードにかけての地域の特産である。内モンゴル自治区、特に西方は乾燥が激しく、夏は灼熱、強い日差し、冬季は非常に厳しい寒さが襲う。

このように寒暖差が大きく、乾燥した過酷な気候の下では、滋養強壮作用のある生薬が育つ。この環境を生き抜くためには、通常使用の解糖系、クエン酸回路などだけでは対応できない。特殊な代謝系の発達が不可欠なのである。その結果生まれた代表生薬は肉蓯蓉(ニクジュヨウ)、鎖陽(サヨウ)であり、東洋医学では補腎というアンチエイジングに用いられる。もともとはモンゴル医学でも貴重な生薬であるが、中国ではそれを柔軟に取り込んで、体系に組み入れたのである。そして、複数の生薬と配合して、一つの方剤(葛根湯などいわゆる漢方薬と言われるもの)に完成する。漢方薬とは、いわば生薬のレシピであり、各文化のエッセンスが総合されたのと同様に、文化的歴史的な集大成である。

結語

中国では、北方の遊牧民族、モンゴル、満族による支配王朝であった金元、清の時代も経て、中華料理とは、回族も含む多民族文化の融合の結果生じたものとなっている。中華料理として日本に伝わったラーメン、炒飯は、もともと西域の回族料理が起源という説もある。北京ダックはアヒル料理の盛んな南京料理の素材に西域の調理法を組み合わせたものである。東洋医学もまた、金元の時代を境に、治療マニュアルから陰陽五行理論を背景とした体系化が進んだ。また、多様な民族の生薬が流入し、取り込むことで生薬の数も種類も幅広いものとなった。医学も料理も民族のダイナミックなせめぎあいの中で発展してきたものなのである。

参考文献

1)勝見洋一:中国料理の迷宮,朝日新聞出版(2009)

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol;22

Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine, 2016 Clinical & Functional Nutriology 2016; ()

Chinese dishes are created by the fusion of the multiethnic culture, including Islam, Mongolian and Manchu culture. The time of the dynasties ruled by the people of Jin, Yuan and Qin, especially influenced Chinese food culture. Ramen noodles and fried rice were introduced into Japan as Chinese food, but fried rice is considered to root back to the Islamic culture in north west China. Ramen noodle might also be related to Islam and Manchu culture. Peking duck, the best dish of Peking cuisine, originally came from Nanjing with combined Islamic and north Indian cooking techniques. Also in China’s Jin and the Yuan dynasty, Oriental medicine was developed from treatment manuals of the medicinal system of Yin-Yang and the Theory of the Five Elements. Various crude drugs used by different ethnic groups were also added to the traditional medicine. Both medicine and food in China have developed in the dynamic fusion of ethnic cultures.