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日本の土壌と文化へのルーツ㉔ 中南米原産の食材

 

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

じゃがいも

じゃがいも料理といえば、欧米では、フライドポテト、ポトフ、ポテトチップスなど、日本でも肉じゃが、カレーライス、シチューといった普段の家庭料理の中で当たり前のように用いられている。フライドポテトは、ハンバーガーとのサイドメニューとして、また英国ではフィッシュアンドチップスという名の定番料理である。また、ベルギーではフライドポテトは国民食で、専門店も多くみられるという。しかし、じゃがいもは、欧米では比較的新しい食材で、もともと原産地は南米のアンデス山脈地帯の高山地帯で、ナス科のSolanum tuberosumである。

アンデス高地の寒さと乾燥

「アフリカ北部から西アジア、南アジア、中央アジア、北アジア、チベット地域に乾燥地帯が広がっています。国連の集計によると、乾燥地帯は陸地面積の約37%を占めていると報告されています。」1)

 乾燥地帯というと、上記のような内陸の沙漠地帯が多くを占めるが、南米のアンデス山脈の高地もまた乾燥地帯である。アンデス山脈では6000mに及ぶ高峰が南北に連なる。南米のアマゾンのような熱帯で湿潤な気候とは異なり、アンデス山系には海抜3000m~4000mに至る高地にも人々が住んでいる。そこは寒く、乾燥し、植物のほとんどは生息することができない。16世紀にインカ帝国の黄金を求めてこの地域に至ったスペイン人も、食料の供給に困ったという。樹木は生えず、乾燥、寒冷に強いとされるトウモロコシの栽培も3300m越えると難しい。しかし、ジャガイモはこのような過酷な環境においても収穫が可能である。

「アンデスは昔から高度によって分業されていたといってもいいほど、住む土地にいちばんあった作物をそれぞれの地に住む人たちが栽培していた。その面ではおおまかにいえば、海抜約3200-4200メートルの高原や高地側の村人たちはジャガイモ専業民、その下方側にあたる海抜約2500-3200メートルあたりの村人たちはトウモロコシ専業民という分け方もできる。」3)

トウモロコシもまた漢方薬である。例え、地球の裏側の南米原産の食材であっても、中国に伝われば、受容・変換の過程を経て、漢方薬となる。他民族の王朝支配を受けながらも、受容と変換を繰り返してきた中国は、生薬の分野でもその本領を発揮しているのである。トウモロコシの“髭”、糸状の髭のように見えるものは、“長く伸びた雌蕊”(雌蕊の柱頭)であり、生薬名は玉米髭(ぎょくべいしゅ)という。玉米髭は、利尿剤として用いられている。

ジャガイモは、寒冷乾燥に強いといっても年中取れるわけではないので保存が必要となってくる。

「乾季(5-10月)の六月、収穫したばかりのジャガイモを真昼の強い天日に晒し、夜から朝にかけては霜に晒す。この繰り返しを数日間続けると、ジャガイモの水分とデンプンが分離してぶよぶよとなる。これを毎日足で踏みつけて乾燥食品にしたものがチューニョである。」3)

現在ではじゃがいもは欧米での寒冷地の料理の主軸を成すものとなっている。しかし、その歴史は意外に浅く、ジャガイモがヨーロッパに最初に伝えられたのは、16世紀頃とされており、もともと原産地は、ヨーロッパから見れば地球の反対側である中南米である。ジャガイモは高地の寒冷刺激と乾燥に非常に強い。インカ帝国もジャガイモという主食があってこそ、高地での文明が発展したとされている。その特徴は、ヨーロッパの北部においても、なくてはならないものとなった。ジャガイモ伝来以降、麦の栽培に適さないイングランド北部、スコットランド、アイルランド、ドイツ、ポーランド、ロシアに普及し、飢餓から多くの人々を救うこととなる。一方で、ジャガイモに依存しすぎたために、立ち枯れ病というジャガイモの伝染病が襲ったため、アイルランドは大飢饉となる。1845年の事である。2)

東洋医学で重要な“芋” ヤマイモ

世界各地の生薬・食材の多くを受容・変換し、使いこなす東洋医学でも、ジャガイモは薬用として用いない。頻用するのは、山芋の類のヤマイモ科ヤマイモ(Dioscorea japonica)またはナガイモの根茎であり、東アジアに自生している。

こちらの歴史は深い。2000年程前の時代には、『金匱要略』(きんきようりゃく:内科、婦人科系の治療マニュアル)に八味地黄丸(はちみじおうがん)という漢方薬がある。もともとは浮腫の漢方薬であったが、時代を経て、加齢に伴う腰痛、頻尿などの諸症状に対する抗加齢の漢方薬として頻用されるようになった。構成生薬の一つがヤマイモであり、生薬名は、山薬(さんやく)という。山薬は食材としても有用だが、薬用でも非常に貴重である。抗加齢の代表的な地黄(じおう)という生薬は、ネバネバしていてお腹の非常にもたれるために、胃弱の人には使いにくい。一方、山薬は抗加齢以外に消化機能を高め、下痢を止める作用もあるため、胃弱の人に有用でさえある。民間でも“精をつける”ためによく食されてきた。

“唐”辛子

“唐”辛子も、ジャガイモと同様に、“新大陸”、中南米原産である。

“唐”辛子の名の通り、日本にとっては、中国から入ってきた香辛料(ナス科Capsicum. annuum)である。唐辛子といえば、現在では中国の四川料理、朝鮮半島の料理など、 “その土地の代表的”な料理の中心となっている。唐辛子がなければ、これらの料理そのものが成り立たないといってもよい。しかし、中国において、2000年前の料理の香辛料では山椒は使用されていたようだが、唐辛子の歴史は非常に新しく、ほんの400年程前の明朝から清朝の時代の事である。そのため、明代の漢方薬の百科全書である『本草綱目』には記載がない。

東アジアで最も古い香辛料の一つは山椒(Zanthoxylum piperitum)とされている。辛味の本場である四川省を例にとれば、唐辛子が入ってくる前に香辛料として利用されていたのは、山椒の他に生姜、山茱萸、桂、芥(からしな)である。特に山椒、生姜、山茱萸は貴重な食材として「三香」と呼ばれていた。3)

東洋医学では、前述の『金匱要略』の中に、山椒、乾姜(天日干しした生姜)を用いた漢方薬記載がある。そこには、冷えて腹痛がし、腸の蠕動が停滞する病態に大建中湯(だいけんちゅうとう)という漢方薬が記されており、その構成生薬4つのうちの2つが山椒、乾姜で、“消化管を温める”漢方薬である。今日では消化器外科分野では、ほとんどの術後症例に腸閉塞に対して予防的に処方されている。多くの医師は大建中湯を漢方薬と意識することなく、当たり前のようにつかっている。麻酔下で、低温の手術室で開腹することは、まさに医原性に“腸管が冷え”、大建中湯が効果を発揮する病態を形成しているために、個体差に関わりなく使用することが可能なのである。

山茱萸(Cornus officinalis)は山薬(ヤマイモ)で紹介した八味地黄丸の構成生薬の一つである。東洋医学の分野では、かつての香辛料のイメージはほとんどなく、代表的薬用植物である。酸味を有し、抗加齢薬として用いられ、膝、腰を強くするとされている。

唐辛子の伝播経路 ~海路説が有力~

原産地は中南米、メキシコであるが、ペルーのアンデス山脈にも分布しており、そこではジャガイモ、トウモロコシよりも低地の2200m~2300mの斜面が適地とされている。3)

唐辛子は、東洋医学では蕃椒(ばんしょう)という。これは、南米からコロンブスによって、ヨーロッパに伝播した唐辛子がどのように、中国に入ったかを示している。諸説はあるが、シルクロードを経て中国に入った生薬、食材には「西」「胡」という漢字が付けられることが多い。西瓜(スイカ)、胡瓜(キュウリ)、胡椒(コショウ)、胡麻(ゴマ)は、日本語にもなっている。中国語で、トマトは西紅柿、ズッキーニは西胡芦、ニンジンは胡邏葡はと呼ばれており、これらは、いずれもシルクロードを通じて入ってきたことを物語っている。

漢方生薬でも、頻用される柴胡もまたシルクロードの入り口となる甘粛省でよく採取されている。日本ではミシマサイコが用いられているために、国内種のイメージが強いかもしれないが、本来は名前の由来からすれば、西域の植物である。

唐辛子の伝搬経路は陸路説と海路説があるが、後者が有力である。

「もし、唐辛子が海路より早い時期にシルクロード経由で中国に伝来したとすれば、その時点で「西」や「胡」がついた名称がつけられていたかもしれない。それがないということは、やはり唐辛子の中国への伝来は陸路よりも海路が先だったかもしれない。」4)

海路とすれば、スペイン人によりメキシコから太平洋を横断し、フィリピンに辿り着き、「フィリピンのルソン島と交易のあった福建省か浙江省の港に持ち込まれ、それが長江沿いに順次伝播していったのではないか、だから唐辛子をまず食べ始めたのは湖南省や湖北省、江西省が先で、いまや一大栽培地、消費地となった四川省はむしろ最後に伝来した地方だと考えられるのです。」4)という説は興味深い。いずれも長江流域の省で、唐辛子文化が非常に浸透している。他にもマカオから広東省にかけて北上したという説もある。

山椒と唐辛子とTRPV1受容体

唐辛子の辛さの主要成分はカプサイシンである。カプサイシンが働く受容体にTRPV1があり、カプサイシン以外にも43度以上の熱刺激で活性化される。身体に“寒熱”を敏感に感じ取る受容器があるというのは、東洋医学的には興味深い観点である。というのも漢方生薬のそれぞれに寒性、涼性、温性、熱性という性質が決められており、“寒熱”の病態に応じ身体の熱を鼓舞したり、逆に熱を冷ましたりするために生薬が選択されているからである。前述の大建中湯の構成生薬には山椒、乾姜が含まれており、温熱性の身体の熱を鼓舞する生薬である。大建中湯の “消化管を温める”こととは、現代科学の機序としては、温度受容体としてのTRPV1を介して、腸管運動亢進、血流増加作用と説明されるようになったのである。

もともとは中南米原産の唐辛子の受容体として始まったTRPV1は、もともとの中国の香辛料である山椒(中国原産)や生姜(東南アジア原産)と合わさって、漢方の薬理作用の研究につながったのである。

山椒、蕃椒を含む麻婆豆腐はTRPV1を刺激する究極の薬膳料理と言えるかもしれない。

植物のしたたかな成長戦略

中国には、ピーマンとじゃがいもの炒め物の定番家庭料理(青椒土豆絲)がある。ピーマンは唐辛子を辛味のないもの品種改良したものであり、じゃがいもとともに南アメリカが原産地である。多くの国々に伝えられる中で、原産地のものとは趣を変え、現地においても“地場産”のように定着している。人類に好まれるというのは、植物の成長戦略には最も有利な選択である。アンデスの高地という限られた地域にのみ生息していた植物が世界的に栽培されるようになったのである。植物は巧妙に人間の生態を眺めながら適応しているのかもしれない。

結語

ナス科の南米原産のジャガイモ、唐辛子をテーマに食材と生薬としての世界的な伝播と普及について論じた。ジャガイモは南米の高山地帯では生きるために不可欠な炭水化物であり、寒冷刺激、乾燥に非常に強い。その特徴はヨーロッパに伝えられた後、北部の麦が栽培困難な地域では重要な食料源となった。日本でもジャガイモは日常の野菜として用いられているが、生薬としては用いない。芋で重要なのはヤマイモである。

唐辛子は、東アジアで長く用いられてきた山椒、生姜、山茱萸に比べて新規参入してきた。山椒、生姜、山茱萸はいずれも有用な薬用植物である。山椒、生姜は今でも香辛料として用いられている。唐辛子は今では中国の四川料理、朝鮮半島の食材としては欠かすことの出来ないものである。山椒、唐辛子を合わせた麻婆豆腐は、温度受容体のTRPV1を刺激する中国と南米を掛け合わせた究極の薬膳料理である。

参考文献

1)平田昌弘:人とミルクの一万年,岩波書店(2014)
2)21世紀研究会編:食の世界地図,文藝春秋(2004)
3)高野潤:新大陸が生んだ食物,中央公論新社(2015)
4)加藤千洋:辣の道 トウガラシ2500㎞の旅,平凡社(2014)

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol;24

Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine, 2017 Clinical & Functional Nutriology 2016; ()

I discussed the worldwide spread and dissemination of potatoes and peppers originating from Solanaceae in South America as ingredients and herbal medicine. Potatoes are indispensable carbohydrates to live in the alpine zone of South America and are very strong in cold stimulation and drying. After its characteristics were reported to Europe, it became an important food source in areas where wheat is difficult to cultivate in the north. Potatoes are also used as everyday vegetables in Japan, but they are not used as crude drugs in Oriental Medicine. What is important with potato is yam.
Red pepper has been newly introduced compared with the Zanthoxylum piperitum, ginger and Cornus officinalis which have long been used in East Asia. Both Zanthoxylum piperitum, ginger and Cornus officinalis are still useful medicinal plants. Red peppers are now indispensable as Sichuan cuisine in China, as a food ingredient on the Korean Peninsula. Tofu combined with Zanthoxylum piperitum and red peppers is the ultimate cuisine prepared by multiplying China and South America stimulating the temperature receptor TRPV1.