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日本の土壌と文化へのルーツ㉕ 食と薬の違い

 

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

【1】薬材と食材を分けるもの

主に医薬として用いられるもの、食材として用いられるものは何が異なるのであろうか。
それには、植物の代謝系の共通性と独自性が関係している。
「植物は進化という厳粛な自然の審判に耐えながら、極めて巧みに設計され、洗練された方法で、多様な化学成分をつくるという機能を発達させてきたのです。」1)
植物は、生命活動に不可欠な異化機能として解糖系、クエン酸回路などを有している。このように、すべての植物あるいは動物にも共通して存在する「一次代謝物」という。
一方、多くの植物、特に薬用植物、それ以外のエネルギーを別に投資し、独自の代謝系を有し、特徴ある生理活性物質を産生している。植物にとって目的は、昆虫や他の植物からの防御など外的環境の中での適応的なものである。これらは、ある植物種にしか存在しない「二次代謝産物」と言われている。薬などで用いられている植物成分は、多くの場合この二次代謝産物である。1)

【2】二次代謝物と薬効の多彩さ

①抗菌作用という標準装備と東洋医学における適応拡大

これらの二次代謝物は、その植物を特徴づける大切な機能を有している。
例えば、黄芩、黄柏などに含まれるベルベリンは、病原体のリボ核酸やタンパク質合成を阻害して抗菌作用を発揮し、病原体にとる感染から植物自身を守っている。1)人はベルベリンの抗菌作用を用いて、止痢作用に活かしている。ベルベリンを含む黄芩、黄柏は、東洋医学的な効能分類では、“清熱”としている。“清熱”とは、炎症を含む身体的な熱感や精神的な焦躁感などの亢進症状など、東洋医学的に“熱”と想定される症状に幅広く用いている。抗菌作用に関わらず、適応範囲を拡大しているのである。生薬中の無数の成分と薬効を考えると、単一成分では説明出来ない生薬全体が有する薬効を、結果として、“清熱”と表現しているのである。
東洋医学で頻用されるマメ科のカンゾウ(甘草)にも強い抗菌性が認められ、2)生姜、大蒜、桂皮にも枯草菌、大腸菌など菌類、細菌類の繫殖を抑える作用がある。3)東洋医学のフィルターを通すと、甘草は、“気力を補う”作用、生姜は発汗剤という作用に変換して用いている。大蒜(ニンニク)は、外用では抗菌作用としても用いるが、内服の場合、温裏という身体の熱産生を鼓舞する働きに重きを置いている。桂皮も菌類(B.dermatitis)の成長を阻害するが、東洋医学では、抗菌よりは、大蒜と同様、身体の熱産生を高める目的で主に使用されている。
多くの植物は、他の植物、動物に対する防御作用を有しているために、多くの生薬も強弱はあっても、抗菌・静菌作用は “標準装備”と言えるかもしれない。東洋医学では、その作用はあっても主作用とは限らず、適応を拡大して用いていることが分かる。

②抗精神作用と抗菌作用の共通点

植物が産生した生理活性物質は、人間に対しては、当の植物が目標としていた作用と異なる作用を発揮する場合がある。つまり、作用する対象に対して特異性を有しているのである。その興味深い代表例は、抗精神作用と抗菌作用である。
『傷寒論』とは、2000年前の感染症マニュアルであった。当時蔓延した感染症として腸チフス説やインフルエンザ説などがある。
本邦では『傷寒論』の漢方薬を感染症だけではなく、臨床上、精神症状の多くに用いている。そして、臨床上は極めて有効である。
このことからは、抗菌作用と抗精神作用は薬理機序として何らかの関連性がある可能性がある。外敵から防御する身体の機能と、脳の活動でつくられる感情など目に見えない精神は、一見全くことなる。しかし、外的な刺激により誘発されるという点では極めて似ている。脳の進化の過程上、身体、精神の仕組みに共通点があるのであろうか。
東洋医学では感情もまた、唯物的に扱い、“熱邪”などと一括りにて、同じ生薬を精神、身体双方の症状に用いてきた。これを現代医学的に翻訳すれば、精神症状とは、神経系の“小さな炎症”と言えるのかもしれない。
自然界には、昆虫、他の植物などに対しての抗生物質であったとしても、人間にとっては向精神作用として発揮される場合がある。幾つか例を挙げてみよう。
シソ科の植物が有する精油の多くは昆虫に対して、抗菌作用を有している。薄荷は、揮発性のモノテルペンであるメントールで雑草を抑制したり、カメムシなどの害虫を防御したりする。3)一方、東洋医学の臨床において、薄荷は抗菌作用というより、抗精神、鎮静作用として用いている。
コーヒーに含まれるカフェインは、小動物にとっては毒であり、地中に散布されることで、周囲の植物の生育を阻害するが、人にとっては中枢神経興奮作用を有し、日常生活の活動性を高めるのに役に立っている。
イグサに含まれる揮発性テルペン類のジヒドロアクチニジロイドは紅茶、フェヌグリーク(胡芦巴)、マンゴー、マタタビにも含まれており、他の植物を生育阻害する作用を有しているが、マタタビラクトンに構造が類似しており、猫を興奮させる働きがある。2)
もともと植物にとって他を攻撃、排除するための抗菌、静菌作用のある物質が、人間にとっては鎮静、興奮作用として精神・神経への作用として発揮されうるのである。
このように生薬の効能は、対象によって変化する。
東洋医学の生薬使用法からは、同じ植物、成分でも種により異なる薬効が生まれ、それを適応範囲の拡大によって、臨床応用してきたことが分かる。抗菌・静菌作用と抗精神作用は、東洋医学の眼から見れば、非常に似た現象となる。

③生育阻害物質と脂質代謝促進

植物の抗菌・静菌作用と抗精神作用の関係以外にも、他の植物の生育阻害をする成分が、人間の代謝系にも作用するものがある。脂質代謝に関係したものを上げてみよう。
東洋医学で、大麦は、発芽した麦芽という形で、消化促進や精神安定作用に用いられている。この大麦に含まれるグラミンは、他の植物に対する生育阻害作用を有する。ハコベに対する阻害が強いが、ナズナやタバコに対しては阻害活性が弱く、コムギには全く影響しない。2)グラミンは植物ホルモンであるインドール酢酸と構造が似ており、インドール酢酸との拮抗作用によって植物生育阻害作用を発揮するとされる。
また、昆虫に対する毒性も知られており、オオムギが進化した途中で最初は耐虫成分として働いていたと考えられている。さらに、グラミンは動物に対しては脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンの受容体とされている。2)実際の臨床上の薬効という点では、実際の作用機序が詳細に解析される必要があるが、非常に興味深い示唆を含んでいる。
このように、植物の有する“薬効”には、種による特異性がある。そのため、植物同士、昆虫、小動物にとっては毒であっても、人間にとっては利益をもたらす薬効となりうるものがあるのである。進化の過程での機能分化したものが、過去には類似した機能を有していたのであろうか。
附子(トリカブト)を減毒して、人への薬として用いるように、毒もまた相対的で量により、害するものにも益するものにも変換するのである。

【3】生薬間の相互作用“相性”と自然界での共生と排他的関係

自然界においては、植物はお互いに牽制し合っているだけではなく、共栄関係にあり互いに促進し合う関係のものもある。植物の世界である植物が産生する物質が、他の生物に及ぼす影響について、アレロパシーという概念がある。

アレロパシー(他感作用)とは?

アレロパシーとは、現在では「植物が放出する化学物質が、他の生物に阻害的、あるいは促進的な何らかの作用を及ぼす現象」と定義され、「他感作用」と訳されている。もともとの語源は、Allelo(相互の)とpathy(被害)を合わせた造語であるが、有害作用以外に有益な作用も含む概念へと広がっている。
薬用植物の多くは、アレロパシーを多く有しており、それが薬効として発揮されている一面がある。薬効の一部はアレロパシーの産物という見方もできる。
実際に、薬用植物にはアレロパシーを有するものが多いとされている。
「薬用植物は、病気治療の目的でスクリーニングされた植物群であるが、それ(註:疾患治療の中核的な薬理作用)以外に生理活性をもっていると推定される。(中略)これまでに約240種の薬用植物の活性の検定をサンドイッチ法(註:樹木落葉や植物残渣に由来する物質の作用の検定法)により行った。一般の植物は3600種検定している。一般植物と薬草の検索結果を比較したところ、薬用植物には植物に対する活性も強いものが多いこと、動物に対する薬理効果の高いものは、植物に対しても強い活性をもつものが多いことがわかった。」2)

アレロパシーの化学成分 アレロケミカル

アレロパシーを有する化学物質は、アレロケミカルと言われているが、テルペン類、フェノール類、アルカロイド、フラボン類、配糖体など多岐にわたるが、最も多いのはテルペン類とフェノール類である。テルペン類は、モノテルペン、セスキテルペンの揮発成分とジデルペン、セスタテルペン、トリテルペン類の不揮発性成分に分けられる。3)
テルペノイドの揮発、不揮発性は、5個ずつのユニットとなっている炭素数に応じている。炭素10はイソプレノイド(モノテルペン)は、レモン、ミカン(陳皮、枳実)などの柑橘類に含まれるリモネン、薄荷に含まれるメントール、クスノキに含まれる樟脳(カンファー)などがある。炭素15個ノイソプレノイド(セスキテルペン)には青蒿のアルテミシン、炭素20個はジテルペン(タイヘイヨウイチイのパクリタキセル、イチョウのギンコライド)、炭素30個はトリテルペンとステロイドが属し、トリテルペンには甘草のグリチルリチン、人参のジンセノシドがある。1)
揮発性のテルペノイドは、主ににおい成分として、葉などから大気中に放出された後、地上に落下し、地中に蓄積されてアレロパシーを発揮する場合が多い。不揮発性のテルペノイドは、主に分泌物として根から地中に分泌される場合、落葉落枝などが分解する際に地上に蓄積されるかあるいは、葉や幹などの部位が雨滴などに触れ、微量ながら洗い流されて地上に落ちる場合などが考えられる。3)
フェノール類では大気中に放出される場合、地中に放出される場合、雨滴に溶けだす場合、落葉落枝などが分解しフェノール類になる場合のそれぞれが考えられる。
アレロパシーの定義の中で、他の生物の生育を阻害する関係、促進する関係の両者がある。農業の分野では、土壌を守り、農薬を減らす対策としての応用が研究されてきている。
例えば、植物の相性を考慮して、主に農業に利用されている分野である。
「二種の植物を混植するとき、互いにその生育がようなる植物の組み合わせを「共栄植物」といい、このような組み合わせは共栄関係にあるという。共栄関係に関与する因子は、養分や光などの物理的・化学的相互作用であることが多いが、その中には化学物質による作用が含まれる可能性も示唆されている。」2)
マメ科とイネ、ウリ科は相性がよく、ともに成長を促進する。
興味深いのは、漢方生薬の配合でも同じことが行われているということである。赤小豆(マメ科)に薏苡仁(ウリ科)、冬瓜子(イネ科)は相性がよいとされ、浮腫などに“利水”効果を強めるために合わせて用いられている。逆に配合禁忌というものもある。
自然界での植物の相性は、そのまま臨床の分野でも漢方生薬の間の“良好な相性”として、配合されている場合があるのである。東洋で、「人体は小宇宙」と言われてきた思想に反映されている。先人はよく自然を観察していたに違いない。

結語

そもそも薬用植物にとっての薬効とは何なのであろうか。それは、他の植物に影響力を有する物質を有するものと関係している。自然界では、他を牽制、排除する働きもあれば、逆にともに成長し合う関係もある。それは、漢方生薬の組み合わせの中でも行われている。そのせめぎ合いの中で、具体的に産生される化学物質には薬効がある。しかし、その化学物質が発揮する薬効には種によって違いが生じる。これは進化の中での機能分化とも関係があるかもしれない。東洋医学が、精神と身体を同じ括りで生薬を用いてきたこと、その手法が臨床的に有用であることは非常に興味深い示唆を含んでいると考えられる。

参考文献

1)斎藤和季:植物はなぜ薬をつくるのか,文芸春秋,2017
2)藤井義晴:植物たちの静かな戦い,化学同人,2016
3)谷田貝光克:植物の香りと生物活性,フレグランスジャーナル社,2010
4)藤井義晴:植物のアレロパシー,化学と生物,28,7

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol;23

Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine, 2016 Clinical & Functional Nutriology 2016; ()