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日本の土壌と文化へのルーツ㉜ ウィルス、植物、動物、人の遺伝子

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

この世の私たちの肉体基盤 DNA

 私たちは、現実の生活では一応統一した身体、精神を有しているように見える。しかし、本当に一生命体なのか、今後もそのようにありつづけるのかという点を細胞、DNAの観点から観ると違った視点が得られる。細胞、DNAの痕跡からは、多様な生命体と共生し、さらに他の生命体のDNA、またはその細胞全体を自らに取り込んで、進化してきたと考えられているからである。
遺伝子解析を通じ、調和のとれた生物分類体系を展開し、生命の樹(系統樹)を描くための挑戦は、いまだに続いている。
 細胞膜が現在のように強固でない時代には、細胞間の遺伝子の交換は柔軟に行われていた。
「生命誕生の初期には,細胞間で遺伝子の移動もかなり大規模に起きていた可能性があります.遺伝子のこういう伝わり方を水平移動といいます。水平移動というより、ごちゃ混ぜと言った方がよいかも知れません。現在の細胞には,外来の遺伝子が自分の遺伝子と簡単に混ざらないような防御機構がかなりしっかり作られていますが,初期には特別な防御機構はなく,細胞膜が時々破けて,周囲にあった裸のDNAや,ほかの生きもののDNAが自分のDNAになってしまうことがあった可能性があります。」1)
 生命の誕生時には、自他の境界は非常にあいまいなものであった。

植物界の遺伝情報の柔軟性

 人の場合、エピジェネティックな変化はあるものの、一生においてDNA自体は不変とされている。しかし、植物界では、現在においてもDNAの交換は、柔軟に行われている。
 これは植物が生存のために、環境への高い適応能力を要請されていることと関係がある。
「植物は光合成を行う真核性の多細胞生物で、例外はあるが、陸上に出ている部分と根の部分に分かれることが、大きな特徴だ。その場に定着する性質があるが、移動できなくても成長することで姿勢を変え、環境の変化に適応でき、驚くほど柔軟性がある。」2)
「遺伝子の不変性も、植物界ではあまり好まれない性質らしい。動物は、どんな大きさでも、ゲノムがすべての細胞のなかにあり、生涯にわたって変わらないが、植物にはこのルールはあてはまらないようだ。」2)
 そういう意味では、動物、人の自他の境界は、植物よりも明確で、交換不可能なものである。
果樹栽培の歴史を眺めてみると、一本の樹木に偶然“変異した”枝が生え、その枝につく果実は本体の果実とは形態、味覚が異なっている場合がある。また、種の異なる植物同士で接ぎ木ができるのは、植物の自他への境界が“柔軟”であるためである。そのため、植物界については、異なる個体どうしで結合できるという現象からも一つの植物を一つの“個体”としてみなすのは難しいとも考えられている。
 ゲーテは、植物学の著書において、次のように述べている。「一つの植物の節から生えている枝は、母親の体につながっている枝は、母親の体につながっている幼い植物とみなすことができる。この幼い植物は、母親が地面に固定されているのと同じように、母親の上に固定されているのである。」2)
 ドイツ植物学者 アレクサンダー・ブラウンは、「植物、とくに樹木を見るかぎり、動物や人間のような単一の個体であるとはどうしても思えない。むしろ、複数の個体からなる一つの集合体のように見える。」と述べている。
「植物はコロニーであり、延長された寿命」「樹木を構成するユニットは短命だが、コロニー(樹木)自体は、潜在的に永久に生きつづけることができる。」2)とあるように、樹木は、かつて生きていた細胞が硬化することにとって“支柱”という物質的な支えを得ている。しかし、実際に現在生きているのは、細胞分裂や細胞の伸長を行っているのは、芽や根の先端であり、葉緑素を有する緑を帯びた葉、茎であり、師管、導管というパイプラインなのである。

植物界のエピジェネティックと記憶

 植物にも記憶力に相当するものがある。動物や人間のように脳がなくても記憶できるのである。植物はあらゆる場所で記憶を有している。「私たち人間は、地面から上に出ている部分だけが植物だと考えがちだ。だが、実際は植物の体の半分以上が根である。根の部分こそが興味深い。」2)根は注意深く、土壌の状態やその変化の情報を経時的に集め、適応している。植物の場合は、動物における記憶というよりは、“環境馴化”と言われている。環境馴化は、DNAの塩基配列は変化しないが、遺伝子の発現、表現の変化を引き起こすエピジェネティックスと関係している。
「開花は、明らかにエピジェネティックスな記憶力と関係している。COOLAIR(RNA塩基配列)は、寒さにさらされてからどのくらい時間が過ぎたかを測定し、春に植物が開花するタイミングをコントロールしていたのである。」2)
「このメカニズムがかつて考えられていたよりもはるかに普遍的で、植物の記憶力の基盤である可能性が高いということだ。ともあれ、エピジェネティクな修飾は、動物よりも植物にとってさらに重要な役割を担っているようだ。ストレスの結果として生じた遺伝子発現の変化が、エピジェネティックな修飾を通して細胞に記憶されている可能性は高い。
 少なくとも開花の記憶のようなケースにおいては、植物はプリオン化したタンパク質を利用している可能性があるというものだ。プリオンは、アミノ酸配列が誤ったやり方で折りたたまれたタンパク質で、近くにあるタンパク質すべてに対して、この異常形成されたタンパク質をまるでドミノ倒しのように増殖させる。」2)
 動物で有害とされているプリオンタンパクを植物は積極的に“記憶”として用いている。

植物と昆虫の交流で生まれる生薬~五倍子(ごばいし)~

 五倍子とは、虫こぶの一種で、ヌルデ(Rhus javanica)の若葉に寄生したヌルデシロアブラムシの刺激によって、植物体の保護成分であるタンニン酸が集中し、その部分が膨らんだものである。お歯黒に用いられていたもので、歯肉を強め、収斂作用がある。ヌルデはヌルデシロアブラムシという外的刺激を“記憶”し、薬用となる“瘤”を生み出したのである。

細胞内のミトコンドリア、葉緑体も他生物由来

 他の生命体を自らに積極的に取り込むことで、自身のDNAを豊かにし、新しい機能を取り込む方法も、進化の過程で試みられてきた。現在のインターネットに例えれば、アプリをダウンロードするようなものである。最も身近な例が動物のミトコンドリア、植物の葉緑素である。ミトコンドリア、葉緑素は起源を一にするとされ、両機能を内蔵していた細胞の時期もあったとされている。それが、同化(光合成)、異化(エネルギー産生)のいずれかに特化することで分化し、別の細胞に進化していったと考えられている。
「葉緑体はミトコンドリア同様、否定の余地がない細胞起源で真ん中に細菌の染色体を持っている。」3)
「ミトコンドリアや葉緑体を取り囲んでいる膜は、取り込まれた生物の膜や取り込む過程でできた液胞に由来している。とらえ方はまさに捕食行動で、アメーバの摂食活動と同じだったと思われる。おそらく、飲み込んだ後の摂食行動が止まったために、細胞小器官ができることになったのであろう。もし、消化が進んでいたら、ミトコンドリアも葉緑体もなかったはずである。」3)
 現在、細胞内共生している状態とは、かつては細胞が貪食したものの、一部は生き延びて共生関係となったとされ、今では自身の細胞の小器官としてオルガネラ化している。この過程は真核生物の進化の一端と考えられているのである。他の生命体と外界で共生するのではなく、自分の内界に取り込んで、自分の一部の機能にしてしまう。このようにミトコンドリアも葉緑体も,かつて共生した真正細菌の名残であるとされている。
「遺伝子を転写すること(重複)、転写した遺伝子をさらに転写して一連の指令を繰り返すこと(倍数化)、古い遺伝子の過剰やその機能障害(ゲノム化石)、レトロウィルスの感染とそのゲノムの取り込み、およびほかの微生物からの遺伝子の転送(遺伝子の水平移動)などである。折があればいつでも、自然淘汰によって生命系を未来に伝えるために有害な遺伝子が除かれ、機能あるシークエンスだけでなく、いわゆるコードしていないガラクタ遺伝子も残されることになったのである。進化がアメーボゾアのDNAを磨き上げてきたはずだが、その姿はすらっとして滑らかなのに、なぜか遺伝的には太りすぎなのだ。」3)
 DNAは、外界の環境変化にさらされ、磨き続けられた“情報産物”である。大きな歴史の流れから見れば、現在も単にその途中に過ぎないのかもしれない。

ウィルスという遺伝情報運搬体

 遺伝情報を保存しているのはウィルスも同じであり、その数は細胞を有するものよりも格段に多い。
「人間生態系を構成する10兆の動物細胞と100兆の微生物の共生関係である。彼ら(微生物)と我々(受精卵から発達した細胞体)の間に残っている相違は、人間の細胞の複合性と人間の遺伝子の多くがウィルス起源であることを考えると、頭が混乱してくるほどである。」3)
 しかし、ウィルスは一方で、非生命的な扱いを受けている。
「ウィルスは生物全体の中で重要な位置を占めているが、生物学者が生物の差異を議論する際には無視されがちである。誰も異論はないと思うが、それはウィルスが非生物学的存在だという問題をかかえているからである。」3)
「ところが、ウィルスは細胞を構成する複雑な生物学的分子と同じものからできており、その遺伝子情報は同じタイプの核酸に刻みこまれている。そのため、分子的生物という用語はウィルスを入れる便利な屑カゴとして、このところよく使われている。しかし、たとえ地球上の生命体の中で優勢な存在ではないとしても、生物学者たちはウィルスが大きな役割を担っているとみなしている。実際、ウィルスは細胞生物よりもずっと多く、地球上の多様な遺伝子のほとんどはウィルスの形になっているのである。」3)
 進化は遺伝子的放散とも考えられる。「スーパーグループの(註:生物の)リストには膨大な遺伝子情報を入れる場所がない。じつは、ウィルスこそそこの惑星最多の生物学的存在なのだが。」3)
 そういう意味では、ウィルスは“拡散した遺伝子の情報体”であり、感染という形態を通じて、あらゆる生命体の中に入り込む。

感染した死んだ蚕の生薬~白僵蚕(びゃっきょうさん)~

 東洋医学の現役の生薬で、白僵蚕という生薬がある。白僵蚕とは、カイコガ科カイコの幼虫が菌類の一種である白僵菌(Botrytis bassiana Bals.)に自然感染して腐敗せず、硬直死した蚕の乾燥虫体である。脂肪絲タンパク、シュウ酸カルシウムなどを含む。現在でも鎮痙、鎮痛薬として、小児痙攣、扁桃炎、頭痛、歯痛に、また脳血管障害による言語障害、半身不随など用いられている。
 何故、感染死した虫体を薬用とするのか、起源は明らかではない。感染という形で持ち込まれた情報が虫体内の代謝系に新たな物質の産生を促すのかもしれない。冬虫夏草(とうちゅうかそう)もまた同様である。

結語

 アルベルト・アインシュタインは、「自然を深く観察せよ。そうすればあらゆることがよりよく理解できるだろう。」という言葉を残している。それはマクロな自然観察を指していたのかもしれない。現在では、自然界の生物をミクロの情報体であるDNAを通じて、生命をみる作業がなされている。DNAの変化から眺めれば、動物は一生で不変とされている反面、植物は柔軟に変化しうる。また、非生命的に扱われているウィルスはDNAを有する最もシンプルな単位である。ウィルスとは感染という形で、私たちにも日常的に関わっている。菌類の感染によって硬直死した蚕を用いる白僵蚕がある。遺伝子の進化は、歴史の進化でもある。現在の私たちのDNAは、その長い流れの途中経過に過ぎないのかもしれない。

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol;32

Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine, 2018
Clinical & Functional Nutriology 2018; ()

As DNA studies advance, we are learning more and more that our body is not a simple unit of body and sprit solely made up of the human genome but that we are the evolution’s result of an integrated, symbiotic being of a diversity of life forms.
‘Look deep into nature, and you will understand everything better.’ These are Einstein’s words. He may have been advising us on the macro-observation of nature. Today, we study life through micro information in the form of DNA, through which, we learn that while animals are unchanging in its life cycle, plants can be more flexible to change in that same time.
Virus – something we perceive more as an entity than a life form – is the simplest unit that possess DNA. Although more commonly perceived as adversarial to our health, they are also an important integral part of our medical treatment: Botrytis bassiana Bals being the prime example.
Genetic evolution is synonymous to the historical evolution. DNA we possess today may just be a passing point in the longer line of time.

参考文献

  1. 井出利憲:生物の多様性と進化の驚異,羊土社,2010
  2. ステファノ・マンクーゾ 著、久保 耕司 訳:植物は〈未来〉を知っている—9つの能力から芽生えるテクノロジー革命, NHK出版,2018
  3. ニコラス・P. マネー (著), 小川 真 (翻訳):生物界をつくった微生物,築地書館,2015