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日本の土壌と文化へのルーツ㉞ チベットの食材

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

チベット医薬と毎日の食事

 私自身が以前、中国青海省でチベット医学の勉強をさせてもらったお返しでもあったが、先日、中国のチベット医薬学の学会員を、受け入れる機会があった。チベット族は、中国国内ではラサを首府とするチベット自治区、その北東に隣接する青海省、雲南省に多く居住しているが、今回受け入れたのは青海省の団体である。
 1週間共にして、必要となるのが毎日の食事である。日本の観光として天ぷら、寿司のようなものを振る舞うのであろうか。チベット族は仏教徒であるためにどのような配慮が必要か思案を巡らせた。

日本の仏教と精進料理

 仏教と料理の関係でいえば、日本では精進料理が思い浮かぶかもしれない。しかし、これは全ての仏教徒が行っているものではなく、時代や地域によって異なる。仏教の一部、特に大乗仏教においては、殺生を禁ずる目的から食事に対しての戒律を求めている。日本の仏教では精進料理といって肉、魚などの動物性の食材(三厭(さんえん):獣・魚・鳥)以外に、ニラ、ニンニクなどネギ属の食材も避けられている。野菜類は、五葷(ごくん)といい、主にネギ属(Allium)の植物であるネギ、ラッキョウ、ニンニク、タマネギ、ニラなどの臭いの強い野菜類を避けるのが特徴である。ネギ属は硫化アリルなど硫黄を含む化合物を有し、独特の臭気を有している。
 五葷の多くは漢方薬でもある。ネギの根の付近の白い部分を葱白(そうはく)といい、軽度の発汗作用を感冒治療に、身体、特に腹部、四肢を温める作用がある。附子(ぶし:トリカブトの根塊)、乾姜(かんきょう:日本では加熱した生姜、中国では乾燥した生姜を用いる。)を配合して、四逆湯(しぎゃくとう)と呼ばれる。2000年もの間、救急のショック症状の回復に用いられてきた。1)
 ラッキョウは薤白(がいはく)と呼ばれ、身体の胸部、腹部を温め、機能を高め、去痰するために、胸部の痞え、痛み、下痢に用いられてきた。薤白に栝楼根(かろうこん:トウカラスウリ、キカラスウリの果実)を白酒(中国のコーリャン、ジャガイモ、サツマイモを原料とする蒸留酒)で煮詰めると栝楼薤白白酒湯(かろうがいはくはくしゅとう)という、これも2000年前からの胸部痛の漢方薬である。1)
 ニンニクは大蒜(たいさん)といい、解毒、殺虫作用から皮膚、消化器系、呼吸器系の強い炎症、化膿性疾患に用いられてきた。1)
このようにネギ属の多くは薬用であり、古くから使われてきた。独特の臭気から“気付け薬”、“強壮薬”のような意味合いも有する。そのため、動物ではないのだが、“生臭い”扱いを受けていたのである。チベットでもニンニクは感染症、ネギ(“野ネギ”とされていて詳細な分類は不明)は浮腫、婦人科疾患に用いられてきた。2)
 精進料理については、食事内容でなく、その“こころ”についても触れておかなければならない。曹洞宗では、典座(てんぞ)という食を供え捧げるという役職がある。「なんとしても、釈尊の歩まれた道を究めたい。後輩を指導しながら自らも励む、そういった心がけの雲水が、この典座職にあたった。つまり、典座での食事作りも、参禅弁道と少しも変わらない。」3)この気持ちは食事を頂く方も同じである。「雲水の食事は、単にわが身体を養うためだけでなく、心のバランスを量り、同時に、人々が心やすらいでくれるよう、祈りながらいただいている。これを禅者は、上求菩提、下化衆生。と、いう。」3)

チベット仏教と料理

 チベット医学では、インドのアーユルベーダの影響を受け、鉱物薬を多用する。また、遊牧民としての経験や生物の生育環境から、動物薬の種類も、漢方薬とは比べ物にならないほど多い。一方で、希少な薬用資源として、限られた用途として用いる分には、チベット医学でも植物は多種用いられている。
 しかし、毎日の食卓となると、チベットで日本のような精進料理を行うことは難しい。このような背景として、日本では多くは温帯湿潤気候に属し、農耕に適した環境であり、植物の種類も量も豊富であるからこそ、日本のような精進料理が可能なのである。高地の乾燥地帯で育ったチベットの方々には、都内にある樹木、垣根、隙間を狙って生えてくる雑草など、すべての植物が珍しいもののようで、頻繁に写真を撮っている。
 チベット族は、魚は食べないが、肉類や乳製品は日常的に摂取している。とはいえ、全ての動物が食べられているわけではなく、チベットに多く棲息するヤク、羊、ヤギなどであり、馬、驢馬、犬、鶏などの動物や魚貝類、両生類は食べない。
「昔のチベット人にとって、肉食は荒涼とした地で生き抜くためにやむをえないことでした。チベットの仏教徒は殺生する生きものの数をできるだけ抑えるため、小さい動物よりも比較的大きな動物を食べるようにします。食事の前に、調理された肉に向かってマントラを唱え、その動物の来世が良くなるように祈ります。」4)
 一方で、18世紀にイタリアの宣教師、デシデリによって書かれた『チベットの報告』 によれば、「彼らはあわれみから、子羊、子山羊、子牛、ニワトリ、あるいは小鳥など若い動物を食べるのをさし控えているが、家畜に肉はたくさん食べる。太って柔らかく、味のおいしい牛肉、羊肉、山羊肉、豚、ジャコウジカ、食用によい二、三の大きな鳥、それに魚、卵、米、カブラ、エンドウ、その他の野菜、生乳、バター、チーズも食べる。」5)とあり、魚も食べられることがあったようである。
 チベットでは4000m以上の高地では植物の植生も少なく、野菜の種類も限られ、栄養摂取も不十分となる。そのためか、チベットでの仏教はこの高地の環境に順応して、仏教徒も肉食である。動物の肉が貴重なタンパク源である。また、しかし、青海省には青海湖という日本の琵琶湖のような湖はあるが、身近に手に入っても、魚は食さない。チベット自治区では他省からの交通網がなければ魚を入手するのは容易ではない。
 初日に食事の希望を聞いたところ、海鮮は食べられないということであったので、寿司の選択肢はなくなった。

チベットの料理

 チベットでは乾燥、寒冷に強い大麦が穀物として使われてきた。穀物以外は、紅食と白食に大別される。紅食とは、ヤク、羊、ヤギの肉であり、白食とはミルク、バターなどの乳製品を指す。3000mの高地では牛よりも同じウシ科ウシ属のヤク(牦)、ウシ科ヒツジ属の羊よりもウシ科ヤギ属の山羊が多い。牦と山羊から想像できるように、毛が多く、山、つまり高地、寒冷地により適した動物で、乾燥地帯の遊牧民に重宝されてきた。チベットの傾斜がきつい山肌をものともせず集団で練り歩く姿をあちこちに見ることができる。日本人にとっては、慣れていない動物の肉と非常にタンパクな味付けに戸惑うかもしれない。
 調味料としてよく用いられるのは、塩、カホクザンショウ(花椒)である。花椒(Zanthoxylum bungeanum)は中華料理、特に四川料理で用いられる辛味の調味料である。日本人にとって馴染み深いもの麻婆豆腐であろうか。日本でいう鰻の蒲焼で用いられる山椒は、サンショウ(Zanthoxylum piperitum)であり、種が違う。

チベットの茶 プージャ

 チベット茶は、プージャと呼ばれ、直訳するとバター茶である。一見、ミルクティーだが、独特の風味がある。茶葉は黒茶といって麹菌で発酵させている。もともとプ—アール茶は雲南省のプ—アールという地方の名産であった。それにヤク(牦)の乳でつくったバターとさらに岩塩を入れる。
 紅茶でのミルクティーで砂糖を入れることに慣れてしまった日本人にとって、飲んで塩味がする、“似て非なるもの”に戸惑う。岩塩を入れるのは、内陸の高地での知恵である。海に囲まれ、塩分が味付けとして日頃の食卓にも多く用いられ、むしろ塩分制限が必要とされる現在の日本にとっては、実感の湧かない点である。乾燥地帯ではあまり汗をかかないように感じるが、高地の日照量は強く、晴れていれば夏季の日中はかなり暑い。その中で、知らず知らずのうちに水分も塩分も失われているのである。そうした環境では、砂糖の甘味よりも、塩味のミルクティーの方がよいのかもしれない。短期の滞在では、まだ慣れず、砂糖のミルクティーを懐かしく思ったものである。
 逆に日本を訪問したチベットの方々にとっては、食後に出てくるコーヒー、紅茶はあまり好まないようであった。おそらく、プージャの味を懐かしく思っていたに違いない。

大麦の焦がしたもの ツァンパ

 チベットの主食にあたる。大麦(ハダカムギ Hordeum vulgare var. nudum)を煎って粉末状にしたものに、バター茶を少量混ぜて、団子状にして食べる。ハダカオオムギは大麦の変種である。非常に淡白な味で何か調味料を加えたくなるが、比較的素材をそのまま食べる傾向にある。
「小麦のパンは食べないが、炒ってひいた大麦の粉、ツァンパは食べる。小さなお椀に入れて水—たいていはお湯—を少量加え、肉と一緒に食べる。」5)

青稞(ハダカムギ)酒

 ツァンパの他に、チベット産のハダカムギを素材とした代表に青稞酒がある。チベット族自慢の酒でしきりに勧められる。私が勧められた青稞酒は、白色透明口につけるとさっぱりしていて、飲みやすい。酒精度は45%ある。内陸の高地に住むチベット族の居住地は、一日の気温差が激しく、夏でも夜間は冷え込む。夕食後には肌寒く、一枚羽織る必要がある。夕食時に軽く青稞酒を嗜んでおくと、非常に温まる。適度であれば風邪予防になる。10年前の中国の雲南省留学時には、冬の寒い日でも屋内に入ると、暖房がなかったり、十分に室温が上がっていなかったりとしても厚着しなかった。すぐに上着を脱ぐように言われたのを覚えている。寒気を感じる場合は、少量のアルコール度数の高いお酒を飲んで、休養する。風邪をひかないための身体の鍛錬であり、民間の予防医学である。

モモ チベット風餃子

 見た目は小籠包のような小麦粉の皮と形であるが、具材が違う。ヤクの肉を使っているものを食べた。小籠包のように肉汁があふれてくることない。ヤクの肉は、クセがあり、好みがわかれるところだ。そして、肉はやや硬い。動物も広大な自然の中で広々と動きながら暮らしており、質素な食生活であるために、肉もしまっていて硬いのである。むしろその硬さが、健康でよい肉の証拠なのである。霜降りに慣れている日本人に取ってみれば、「よい肉とは何か?」という点で異なっている。元来、遊牧民であるチベットから、肉食については学ぶことが多いようだ。硬い肉をしっかり煮込んで食べる。生食では食べられないし、そのような習慣もない。
 また、肉を食べながら、「いい草を食べている」と、肉の風味まで感じているようだ。調味料が少ないチベットでは、そのような微妙な食材の印象をそのまま感じ取れるのかもしれない。
 ヤク(牦)の乾燥肉も土産物としてよく売られている。

日本のラーメン

 チベットの方々に最も人気のあったのは、意外にも日本のラーメンであった。これには理由がある。チベットにも似たようなトゥクパという料理がある。小麦の麺が、塩味のスープに具材としてヤクの肉、野菜が入っていて、日本のうどんに似た味である。チベットでは小麦は貴重な食材のために、家庭での特別な日に作られる。また青海省の東隣は甘粛省であり、回族の牛肉麺の蘭州ラーメンというのが非常に有名である。蘭州ラーメンは青海省でも非常に人気があって、チベット族はそれを食べ慣れている。蘭州ラーメンは日本の中華そばに近い味で、牛肉のチャーシューは塩が効いていて非常においしい。チベットの方々も異国の料理というよりは馴染みのある味として、日本のラーメンの味覚を楽しんでいた。

結語

 チベットでは乾燥、寒冷に強い大麦の一種であるハダカムギが穀物として使われてきた。大麦(ハダカムギ Hordeum vulgare var. nudum)を煎って粉末状にしたものに、バター茶を少量混ぜて、団子状にして食べ、ツァンパと呼ばれる。穀物以外は紅食と白食に分けられ、紅食とは、ヤク、羊、ヤギの肉であり、白食とはミルク、バターなどの乳製品を指す。チベット茶は、茶葉は麹菌で発酵させ、ヤクの乳でつくったバターとさらに岩塩を入れる。チベットの主食にあたる。ツァンパの他に、チベット産のハダカムギを素材とした代表に青稞酒がある。他にはヤクの肉入りのモモというチベット風餃子やトゥクパという、小麦の麺が、塩味のスープに具材としてヤクの肉、野菜が入っていて、日本のうどんに似た味のものがある。3000mの高地では牛よりもヤク、山羊が多い。毛が多く、山、つまり高地、寒冷地により適した動物で、乾燥地帯の遊牧民に重宝されてき、料理にもよく用いられているのである。

In Tibet, Hordeum vulgare var. nudum, a type of barley that is strong against dry and cold weather, is one of the staple crops. Tibetan staple food, tsampa is a dumpling made with roasted barley (Hordeum vulgare var. nudum) mixed in a small amount of butter tea. Besides cereals, Tibetan diet is divided into red and white meals. Red food is meat of yak, sheep, goat, and white meal refers to dairy products such as milk and butter. Tibetan tea is made from fermented tea leaves with yak milk butter and seasoned with rock salt. In addition to tsampa, there is chang, an alcohol made from fermented barley, and Tibetan-style dumpling called mog mog. Tibetan-style noodle called thug pa, which is a wheat noodle with yak meat and vegetables in a salty soup, tastes like Japanese udon noodles. There are more yaks and goats than other livestock in this 3,000-meter highland. They have thick coats of hair which is suitable for high and cold mountain areas. They are useful for nomads and have also been used for cooking.

参考文献

  1. 三浦於莵:実践漢薬学,東洋学術出版社,2011
  2. オツァンツォクチェン監修:四部医典 医学タンカ詳解,PILAR press, 2015
  3. 藤井宗哲:道元「典座教訓」禅の食事と心,講談社,2009
  4. ラルフ・クィンラン・フォード著、上馬塲和夫監修:チベット医学の真髄,産調出版, 2009
  5. F・デ・フィリッピ著、薬師義美訳:チベットの報告1-I・デシデリ,平凡社,1991