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日本の土壌と文化へのルーツ㉟ 中国の“中原”の料理

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

東洋医学の発症の地 河南省へ

 河南省は、春秋戦国時代に周の王都があった中原と言われ、中華文明発祥の地である。さらに後漢、三国時代の魏、隋の首都である洛陽、北宋の首都であった開封といった古都がある。しかし、現在では、新幹線や空港からのアクセスが不便で、日本からの観光という点ではあまり主ではないかもしれない。
 今回の旅程では、洛陽、開封は寄らないこととなっている。河南省の鄭州空港から、東南に向かい、最終的には隣の省である安徽省亳州市(はくしゅうし)の生薬市場に向かう。中国国内にはこのような生薬の集荷地と販売地を兼ねた市場が複数あり、中でも亳州市は規模も種類も最大規模である。

河南省の代表生薬

 同じ生薬であっても、栽培地によって質の良し悪しに差がある。そのため、各省では地場の特産生薬を有している。例えば川芎(せんきゅう)という名前の生薬がある。生薬名そのものに四川の“川”という名がついている。また止咳去痰作用のある貝母(ばいも)というユリ科の植物は、主に二種類あって、川貝母は四川省産であるし、浙貝母は浙江省産のものである。歴史的な経緯があって、同じバイモ属ではあるが、川貝母(Fritillaria cirrhoza)と浙貝母(Fritillaria verticillata)は、植物の種類が異なり、同名異種のものが使われてきた。
 河南省であれば、怀(かい)という文字が生薬の前に付く。四大怀薬として山薬(さんやく)、牛膝(ごしつ)、地黄(じおう)、菊花(きくか)がある。頭に怀をつけて、それぞれ怀山薬、怀牛膝、怀地黄、怀菊花と呼ばれ、怀がつくとブランドとなる。山薬とは、食材でも馴染みのあるヤマノイモ、ナガイモのことである。山薬は、日本でも“精をつける”と言われるように、アンチエイジングの大切な生薬である。山薬は日本でも栽培されているが、河南省のものがよいとされるのは、気候と関係がある。
 河南省の気候とは、雨の降る時期は限られていて、空気は乾燥している。また、11月の気温も5度前後に下がり、寒いと感じる。山薬を食べてみて感じるのは、降水量が少ないためか、日本のものよりは乾燥していて、寒い冬を乗り越え、身が締まっていて、歯ごたえがある印象である。

山薬の料理三昧

 日本では、ヤマイモは生で食べる機会が多いかもしれない。中国では炒めたり、蒸したり、煮たり調理方が豊富である。炒山薬は、丸く刻んだヤマイモに、人参、ピーマン、キノコ、黒キクラゲ、牛肉などを塩、鶏ガラエキスで炒めたものである。白い歯ごたえのある形で山薬を楽しめる家庭料理である。

抜絹山薬 ヤマイモの飴煮

抜絹山薬 ヤマイモの飴煮
 山薬の皮をむいて角切りにし、水で煮た後に冷水をかけ、油で炒めて表面を硬くした後に油から取り出す。別に、白砂糖に水を加えて弱火で変色して褐色を帯びさせる。その甘い汁状のものをヤマイモにかけるのだが、温度が下がると砂糖が固まり始めて糸を引く。その様子を名前に名付けたようだ。時間が経過すると、砂糖が固まってしまい、山薬一つ一つがお互い岩のように粘着してしまう。引き剥がすのに一苦労する。もともとは新年を迎えるためのデザートであり、もう一つ、さらにもう一つとついつい手が伸びてしまう。

抜絹山薬 ブルーベリーアイス?

抜絹山薬 ブルーベリーアイス?
 食事の前半から中盤にこの料理が出てくる意外な感じがするかもしれない。「もうデザートか」と。見た目はブルーベリーアイスにしか見えない。眼は簡単に騙すことができる。しかし、実際に口に入れてみると、アイスではない。ヤマイモだ。それだけヤマイモの表面は真っ白なのである。製法は幾つかある。ヤマイモを、皮をむいて角切りにし、蒸した後に、取り出して冷まし、砂糖水につけた後、ブルーベリージャムを上からかけるというものだ。確かに甘いのだが、眼がアイスだと感じているのに冷たくなく、甘味もなく、触感は若干歯ごたえが残っている。この落差に期待を裏切られた感じと、何とも言えない驚きとが食卓にもたらされる。

高焼麻山薬

 抜絹ではなく、山薬を棒状に刻んで砂糖、蜂蜜で甘く炒めたものである。ビラミッド状に山薬を積み上げているのもちょっとした見せ方の工夫である。柔らかく、甘味があるが、抜絹山薬や抜絹山薬を味わった後では、物足りなく思えてしまうかもしれない。
高焼麻山薬

朝の食事

 河南省の11月はすでに日本の真冬である。氷点下には至っていないが、朝夕は冷え込む。その寒い中、7時には集合して朝食の時間となる。朝の温かいスープは身体を目覚めさせるのによい。とはいっても日本の味噌汁とは趣が違う。ワンタン、黒キクラゲを入れた塩と鶏ガラエキスベースのスープは、黒胡椒がたっぷり入っていて、口の中がひりひりし、全身が汗ばむほどである。東洋医学では、黒胡椒は消化管を温め、食欲を増し、止痛作用もあるため、調味料でありながら、薬用でもある。1)胡椒は、インドから西域からシルクロードを伝って、中国に伝わったものであり、唐代には外来の料理に使われていた。2)黒キクラゲも抗加齢の食材と考えられている。特に色の黒い食材は東洋医学のいう腎(腎臓、副腎、生殖、内分泌機能などを含む。)を強化し、加齢に伴う諸症状の改善に用いられてきた。また醤生姜(生姜の醤油漬け)も円卓の一皿に盛られている。甘味、塩味、辛味がそれぞれ強いものが良品とされている。生姜は、消化機能を高め、発汗作用もあり、食あたりや感冒の防止となる。朝食の卓に並ぶ一品一品に対しても、東洋医学の考えが浸透しているのが分かる。寒いとはいえ、朝から強い辛味はあまり日本では普及していない。しかし、汗をかきすぎない程度に食すれば、身体を温め、冬を乗り切る力になるのである。
 他に、身体を温める食材として、山椒、そして唐辛子がある。「(註:四川料理は)辛さがポイントだが、唐辛子が中国に伝わったのは明代の十七世紀であった。食用として唐辛子が栽培されるようになったのはさらに遅く、十八世紀のはじめと推定されている。」2)唐辛子と言えば、中国では西南に位置する四川省だが、二つの省を挟んで東に位置する河南省でもかなり四川料理が食べられている。麻婆豆腐もあるが、硬く燻製した豆腐を使用している。このため、炒めた後も型崩れせず、適度な歯ごたえと燻製の独特の風味が、山椒と唐辛子の辛さに加わる。日本ではなかなか味わえないものである。現代では各地で多様な中華料理が食されている一方で、交通網の発達もあり、食に“省境”はなくなってきている。

河南省 鄭州 ホイメン

 中国では、今でも北方は小麦粉、南方は米がよく食べられている。とはいえ、北方の中原である河南省でも漢代より米は栽培されていた。
「本来この地域は降水量が少なく、水稲の栽培には適していなかった。ところが漢代になると、中国北方では農業灌漑用の井戸群が発見されている。そうして農業水利の発達によって、中原地域における稲作が可能になった。ただ、出土した墓は貴族や官吏のものが多く、米がはたしてどの程度普及していたかははなはだ疑問である。」2)
 河南省の気候は小麦の栽培に適している。「後漢の中期になると、小麦粉の食品はいっそう急速に広まり、民間で日常的に食べられるようになった。」2)当時に食されていた煮餅とは、「ラーメンの原型」2)とされている。現在、河南省の名物は小麦粉をつかった面で、ホイメンと呼ばれている。種類は複数あって、羊肉と羊骨を使った白いスープ、香菜(コリアンダー、和名コエンドロ)を使ったものがある。
「漢代から唐代にかけて、西域から多くの野菜や果物類が続々と中国大陸に伝来した。現在の中華料理に多く使われているものだけでも、キュウリ、ほうれん草、ウマゴヤシ、コエンドロ、チシャ、エンドウ、ブドウ、クルミなどがあげられる。」2)羊といい、香菜といい、西北の遊牧民の影響を強く感じる食材が入れられている。

河南省と北方民族の影響

 中華料理は 、中国語で“中菜”というが、中国国内では、「中国人はふだん「四川料理」「関東料理」「山東料理」などのような言い方をするが、中華料理とは言わない。」2)とされる。中華料理と一括りに出来ないほど中国国内では、非常に料理のバリエーションが多様なのである。
河南省は河北省と隣接し、北京にも近いので文化的にも食文化としても北方に分類されている。しかし、河南省の料理(豫菜)を食べていると、羊肉は多く、香辛料も胡椒、山椒、香菜といったものが多く、西北の遊牧民族の風味を感じさせる。
「三国、六朝時代に中原地域に伝わった『胡食』はかなり多い」2)胡とは、西域か北方異民族と関係があるものである。例えば、胡炮肉(羊肉の蒸らし焼き)、香菜を用いた羊肉を使った胡羹(胡:西域か北方の異民族を指す)などである。政治の中心であったために、異民族の食文化も入ってきたのであろう。
「六朝から唐にいたるまでの間、突厥族、羌族、氐(てい)族、烏孫族およびその他の西域民族は、漢民族との間に盛んな交流があり、少数民族政権の樹立とともに、多くの異民族の人たちが内地に移住した。」2)
 羊肉文化の中原への浸透には北方民族が関係している。「十一世紀から十二世紀初頭にかけての中原による羊肉文化の定着にはひとつの重要な理由がある。」2)中国の北部で契丹族により樹立された遼が947年に開封(河南省)に入城し、長くは占領しなかったものの、契丹族の脅威下におかれ、風俗習慣を中原に持ち込んだ。契丹族はもともと遊牧民で、日常の食事には羊肉や乳製品が多い。2)
「遼が滅び金王朝が成立してから、中原に定住した契丹族の人々は漢族として生活しはじめる、彼らはむろんひきつづき羊肉を食べる習慣を捨てなかった。北方地域には人員の移住や、契丹族とのさまざまな形の往来のなかで、羊肉を食べる習慣がいっそう広まったのであろう。」2)
中原というと中華文明の発祥地であるが、料理に関しては、西域、北方の民族の影響を受けている。中原にいながら、西域にいるような気分にもさせられる。
「近代の中華料理は明代以降に成立したと考えられる。」2)時代を通じて、中華料理は進化しているのである。今後、中国の多彩な味は、交通網の発達で進化し、広がって、御当地の味でなくなっていくかもしれない。

安徽省亳州(はくしゅう)市の生薬市場

 亳州市に向かう途中は、河南省の北西部にあたるが、遮るものがなく平原地帯が続き、畑が広がっている。省境を越えると今回の旅の終着地点である亳州市である。亳州市医学において、伝説の名医華佗、政治では三国時代の魏の曹操の出身地である。空港を有する主要都市から離れているが、生薬市場としてはにぎわいも生薬の豊富さも中国一かもしれない。ここでの話はまた別の機会にでも触れたい。

結語

 中国文明の発祥地である中原、現在の河南省の料理、生薬について解説した。河南省の4大生薬には、山薬、牛膝、地黄、菊花がある。山薬は特に食材でもあり生薬である。生薬としては、補腎といいアンチエイジングの代表的な生薬の一つである。ヤマイモは炒め物のような家庭料理から、蜂蜜、砂糖などで合わせたデザートのように楽しめる料理まで幅広くある。河南省は長い歴史の中の古都が集まっている。政治の中心地でありながら、北方や西域の民族の食事の影響を非常に受けている。羊肉、香菜、胡椒などがよく食べられている。中華料理は多彩である。一方で歴史上、各地の食は交流し合い、変化してきた。今後もまた進化し続けていくであろう。

Cooking and herbal medicine of Henan province, which is the birthplace of Chinese civilization, was explained. There are four major medicines in Henan Province; Yam (Dioscorea japonica or D. batatas), Achyranthes fauriei or A. bidentata, Rehmannia glutinosa, and Chrysanthemum morifolium. Dioscorea japonica or D. batatas is not only a food ingredient but also a crude drug. As an herbal medicine, it is one of the representative herbal medicines for anti-aging. Yams are consumed in wide range of home-cooked dishes such as stir-fry and dishes that can be enjoyed like desserts mixed with honey, sugar and other sweeteners. Many ancient capitals have been built in Henan Province. Although it was the center of politics, it is very much influenced by the ethnic diet of the north and western areas. Lamb, coriander and pepper are often eaten. Chinese food is diverse by region, yet food materials and diet in various places have interchanged through time and will continue to evolve in the future.

参考文献

  1. 三浦於莵:実践漢薬学,東洋学術出版社,2011
  2. 張競:中華料理の文化史,筑摩書房,2013