伝統的な実践理論に基づいた、世界水準の東洋医学を目指します
 
東洋医学(漢方・鍼灸)学び方

コラム

三浦於菟先生の誰も教えてくれない東洋医学の話
田中耕一郎先生の漢方薬と身近な食材
橋口亮先生の薬膳教室
入局希望の方向け特設サイトへ
東洋医学科医局News
メディア掲載情報
東邦大学医療センター大森病院東洋医学科 関連リンク
To English Page

【お問い合わせ先】

東邦大学医療センター
大森病院 東洋医学科

〒143-8541
東京都大田区大森西6-11-1
TEL:03-3762-4151(代表)

【休診日】
第3土曜日、日曜日、祝日
年末年始(12月29日から1月3日)
創立記念日(6月10日)

日本の土壌と文化へのルーツ㊱ スペインの料理

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

文化の集積地 スペインにみる“非西洋”

 12月のクリスマスの季節、スペインに向かう冬のローマでは大雪のため、大荒れであった。イベリア半島、スペインに入っても交通網は混乱しており、航空機は軒並み運行停止となった。地中海沿岸では、冬でもさほど雪は降らないためである。
 スペインはヨーロッパの南西端にあるイベリア半島に位置している。地理的には「アフリカとヨーロッパ、地中海と大西洋の出会いの場」となって、古来多くの民族と文化の融合に格好の場を提供してきた。1)
 また、スペインを訪れる観光客の関心を集めるフラメンコ、その舞踊は激しく、力強く、華麗であるが、音楽や全体に流れるどこか物悲しい雰囲気がある。フラメンコの起源は、ジプシーであり、もともとは北部インドを原郷とする少数民族と考えられている。スペイン的とされるものに、“非西洋的”なものが溶け込んでいるのである。
 スペインの食文化には、スペイン国内の地理的相違に加え、スペインの歴史が関係している。歴史的には、オリーブを最初にもたらしたとされる古代ギリシア人、ブドウを持ち込んだフェニキア人などの中海諸民族の到来、古代ローマ時代からのニンニク、イスラム教徒がもたらした米、そして漢方薬でもあり、パエーリャに用いられるサフランなどがある。
スペイン的とされるが、“非西洋的”なものが溶け込んでいる フラメンコ

レコンキスタ イスラム教徒とキリスト教徒との戦いがもたらした食文化

 民族と食文化は融合し合い、“変性”するが、民族性に強く結びついている。スペインの場合は宗教と密接に絡まっている。
レコンキスタとは、イベリア半島で起きた800年(西暦711-1492年)におよぶイスラム教徒とキリスト教徒の戦いである。この時期にキリスト教徒のスペイン人としてのアイデンティティが強くなったとの説がある。
「レコンキスタ以前にはイベリア半島にはイベリア人、ケルト人、ローマ人、ゲルマン人が住んでいました。その後、レコンキスタでイスラム教徒と戦い勝利し新たなイベリア半島の住人となったのはキリスト教王国の住人たるキリスト教徒(カスティーリャ人、アラゴン人、ナバラ人、レオン人、ガリシア人、カタルーニャ人)でした。しかし、彼らは13世紀初頭まで、外国人(南フランス人)からスペイン人と呼ばれるまでは、自らのことをキリスト教徒としか認識していませんでした。」2)
 スペインの食事にはユダヤ教、キリスト教、イスラム教、それぞれの食文化が関係している。ユダヤ人がイベリア半島に居住した時期についてははっきりしていない。
スペイン バルセロナのサグラダ・ファミリア教会

ユダヤ教徒が食べないもの 魚介 イカ、タコ

旧約聖書のレビ記11章には、「すべて水の中にいて、ひれも、うろこもないものは、あなたがたに忌むべきものである。」と書かれていて、ユダヤ教徒はイカ、タコ・エビ・カニを食べない。一方、イスラム教徒は戒律上の問題はない。
「とりわけ食生活においてスペイン人は日本人と同様、米や魚(とくにタラ、イカやタコ、エビ、ムール貝などのシーフード、いわゆるマリスコス)をたくさん食すことが知られています。また他のヨーロッパ人がその怪奇な形状から<悪魔の使い>として忌避しているタコを好んで食べることもよく知られています。古代からスペインに多く居住してきたユダヤ人は、イカやタコなど「ひれと鱗のない」海産物は、律法(『旧約聖書』)によって決して食べることはありませんでした。(イスラム教徒がイカ、タコ・エビ・カニを食べることには、ハラル(註:イスラム法で食べる事が許されている食物)上の問題はありません。)」2)

米、オリーブ、サフランを広めた イスラム教徒

 イスラム教徒が広めたものに、灌漑設備による荒地の開拓、オリーブ、米、サフランの栽培がある。これは後述のパエーリャとなっていく。パエーリャは、スペインの国民的料理でありながら、イスラム起源なのである。
灌漑設備によって、「イチジク、ザクロ、レモン、オレンジ、シュロ、ナツメヤシなどの果樹園をつくったが、今も地中海沿岸地方・南部地方にその面影を強く残している。主食は穀物で、その他にレンズマメ、ヒヨコマメといった豆類や、長ネギ、アスパラガス、ナスといった野菜類が食べられた。」1)
 オリーブは「古代ギリシア人がイベリア半島にもたらしたものとされる」1)が、広めたのはイスラム教徒である。イスラム教では、コーランには、「かれがあなたがたに、食べることを禁じられるものは、死肉、血、豚肉、およびアッラー以外の名で供えられたものである。」との決まりがある。そのため、豚脂が使えなかったため、羊を料理する際の油としてオリーブを多用したのがイスラム教徒であり、それによって普及した。
 米の栽培もまた、灌漑技術の後ろ盾によって広まっており、米を示すスペイン語のアロスは、アラビア語のアルールズからきている。

国民的料理? パエリア

スペイン料理の“定番”として有名であるパエーリャ
スペイン料理の“定番”として有名であるパエーリャ
 スペイン料理、国民的料理と言えるものは何であろうか。「19世紀から料理書にも登場し、材料の良し悪しは別として一定の料理法に基づいて作られる料理で、地域を問わず階層間を超えて食べられてきたものは、バレンシア風米料理すなわちパエーリャであろう。」1)
「バレンシア風パエーリャは19世紀を通じて広まり、同世紀末には、米と野菜類の貧しいパエーリャから肉や魚がふんだんに入ったパエーリャまで、社会の各層で好まれるようになっている。」1)
 一方でパエーリャの材料となる米、オリーブ油、黄色の着色料のサフランはイスラム教徒によって普及したものである。
「米とオリーブオイルとくれば、その代表的料理は日本でお馴染みのパエーリャです。したがってパエーリャはイスラム教徒がスペインという土壌で生み出したユニークな料理といえるでしょう。(元来、パエーリャにはシーフードの代わりに、ウサギ肉やカタツムリが使われました)また我が国でも広く普及してきたアヒーリョ(ニンニクソース)も、ニンニクとエビをオリーブオイルで煮込んだもので、どちらかというとイスラム的な料理です。」2)

パエーリャの種類と地中海沿岸部

 バレンシア風米料理の元祖であるバレンシアはイベリア半島の地中海沿岸部にあたる。フランス国境からカタルーニャ、バレンシア、ムルシアと続く一帯は、米の栽培が盛んで、米所である。「米料理は何といってもバレンシア地方が有名だが、カタルーニャでも実によく食べている。」1)この地域は地中海性気候によって冬の寒さは厳しくなく、夏は長くて乾燥している。
現在、魚介のパエリアは、“定番”として有名であるが、もともとは猟師による山の幸が中心で、ウサギ肉、カタツムリなどが使われていた。イベリア半島の地中海沿岸部は、イスラム教徒による灌漑設備の恩恵から、米以外にも果実、野菜も豊富で魚介以外にも、野菜のパエリアもある。
「1960年代以降のツーリズムの発展で潤う米地帯で、さまざまな米料理が作られ、観光客や地元の美食家たちを楽しませているのは間違いない。カタツムリ、ウサギ、鶏、モロッコインゲンなどが入った伝統的なバレンシアのパエーリャから、魚介類のふんだんに入ったパエーリャ・デ・マリスコ、イカ墨で色付けをしたパエーリャ・ネグラ、米の代わりにフィデウという極細パスタを使ったフィデウア、さらにイカ墨を用いたフィデウア・ネグラ、という具合である。」1)
「バレンシアよりさらに南のムルシア自治州はでは、ウエルタ風パエーリャは、野菜畑(ウエルタ)の名の通り、アーティチョーク、トマト、ジャガイモ、ピーマン、ニンニク、ナス、カボチャなどをふんだんに入れたものだ。」1)
 江戸時代の日本にもパエーリャの影響を受けたとされる黄飯というものがあるが、こちらはサフランではなく、クチナシを用いていたようである。

スペイン南部のアンダルシア オリーブと生ハム

カタルーニャ、バレンシア、ムルシアからさらに西に行くと、アフリカとの距離が最も接近するジブラルタル海峡に達する。この辺りはアンダルシアと呼ばれ、夏の暑さと乾燥が激しい。オリーブと生ハムの産地である。ここでは気候がオリーブの栽培に適しているが、スペインの中でも、イスラムの食文化の影響を強く受けている。アルハンブラ宮殿というイスラムの城塞都市があった場所である。
「アンダルシア平野部・山間部に延々と広がるオリーブ畑(スペイン全体の栽培面積の6割以上を占める)が生み出す良質のオリーブオイルが海の幸の料理につかわれるのは当然の成り行き」1)というわけである。
「スペインの魚の種類は豊富で、日本の干物に相当する干タラなどもよく食卓にのぼります(ビスカヤ風のタラの煮込みや、ピルピルが有名。)タラ(バカラーオ)の天ぷらやイカフライなどは、特にスペイン人の好物で、バケットに熱々のイカフライを挟んで食べるボカディーリョが、スペイン人の昼食の風景でよく見られるファーストフードの定番です。」2)
 またアンダルシアの山間部ではイベリコ豚の飼育が盛んで、豚肉や生ハムをつかった料理が多い。

生ハムと宗教との深い関係

「土地のスペイン人がこよなく愛するのはワインとチーズと生ハムです。」2)なのであるが、「チーズはさておき、ワインや生ハムはともにイスラム教徒が決して口にしない食べ物です(アルコールと豚が禁忌)。スペイン人がそれを愛してやまないというのは、昔からイベリア半島で食されてきたという意味の他に、彼らキリスト教徒が長年イスラム教徒と対峙し、国土回復戦争を戦い、最終的に勝利したことも多いにかかわっています。キリスト教的なワイン(イエスの血と見なされた)や生ハムと、イスラム教的な食であるパエーリャという相反する取り合わせこそ、スペイン人の歴史的遺産と言ってもよいでしょう。」2)
 スペイン国内では、歴史上ユダヤ教、キリスト教、イスラム教との宗教上の対立があった。
「昔からスペインで堂々と生きていくためには、旧キリスト教徒(農民が代表的なのは農民がユダヤ的知性から最も多く隔たっていたからです)であることが必須の条件でした。
豚を食しない者は、ユダヤ人かイスラム教徒か、あるいはレコンキスタの過程で、やむなく新たにキリスト教徒に改宗して<新キリスト教徒>となった者たち、つまりユダヤ人改宗者(コンベルノ、マラーノ)か、もしくはイスラム教改宗者(モリスコ)であることが疑われました。」2)
 食文化は生活に根付いているものであるために、必ずしも宗教上だけではないが、生ハムの摂取が“踏み絵”的に使用されたという説もある。これには異説もある。
「つまり、ハムはイスラム教徒やユダヤ人が決して口にしない豚製品(チョリソやハム、
ベーコンとくに豚脂)を好んで食すことで、自らを他の信徒から区別してきました。したがって、豚食が<真正な>古くからのキリスト教徒(旧キリスト教徒)であることの証明となったのです。」2)

サフラン 蕃紅花という生薬

 サフランはヨーロッパ南部、小アジア原産とされるアヤメ科のサフラン(Crocus sativus)
の雌蕊を用いる。蕃とはチベットを指していて、従来から東洋医学に採用されていた紅花に対して、蕃という文字をつけている。日本には江戸時代末期に入ってきている。3)サフランは黄色色素、芳香成分を有することから、菓子、料理の香料、着色料として用いられているが、薬用でもある。薬用の場合は、末梢循環の改善、鎮静、鎮痛作用を期待して、不眠、月経の諸問題などに用いられている。一回の内服は0.1gでも効果が得られるが、それでも10数本の花が必要となる効果な生薬である。紅花はエジプト原産のベニバナ(Carthamus tinctorius)
の管状花であり、赤色染料として口紅、衣服の染料に用いられてきた。蕃紅花と同様に末梢循環の改善作用として月経に用いられてきたが、鎮静作用はなく、不眠としての使用はないのが特徴である。紅花、蕃紅花とも原産地はエジプト、南ヨーロッパ、中東にあたるが、西洋ではサフラン、東洋では紅花が普及した。
 また、甘草として用いられるものに、ウラルカンゾウ(Glycyrrhiza Uralensisi)とスペインカンゾウ(G.glabra)があり、中国、モンゴル、中東、スペインを含むヨーロッパの乾燥地帯に広く分布している。西洋、東洋問わず、薬用として用いられてきた。

結語

 スペイン的とされるものには、“非西洋的”、“非キリスト教的”なものが溶け込んでいる。フラメンコは北インドを原郷とするジプシーとされている。スペインの国民料理であるパエーリャは米、オリーブ、サフランという材料からみればイスラム教徒からもたらされたものである。一方、生ハムは“キリスト教的”な食物である。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教が宗教上の対立を経ることで、結果的にお互い食文化が影響し合いし、スペインでは他のヨーロッパにはないユニークな食文化が出来上がった。その代表的な料理が地中海沿岸部のパエーリャである。パエーリャに用いるサフランは東洋医学の生薬であり、月経の諸問題、不眠に用いられている。

Abstact

What is regarded as Spanish includes "non-Western" and "non-Christian" things. Flamenco is regarded as a gypsy with Northern India as the hometown. Paella, Spanish cuisine, was brought from Muslims in terms of rice, olive and saffron. On the other hand, raw ham is "Christian" food. Judaism, Islam and Christianity have undergone religious conflicts, as a result, the food culture mutually influences each other, and in Spain a unique food culture not found in other Europe has been completed. The typical dish is Paella in the Mediterranean coastal area. Saffron used for Paella is a herbal medicine of oriental medicine, it is used for various problems of menstruation, insomnia.

参考文献

  1. 立石博高:世界の食文化14 スペイン,農文協,2007
  2. 神田外語大学編:食べるということ 食と文化を考える,神田外語大学出版局,2018
  3. 米田該典 監修,鈴木洋 著:漢方くすりの事典,医歯薬出版,1994