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日本の土壌と文化へのルーツ㊲ トルコ

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

世界三大料理とは

 世界三大料理とは、フランス料理、中華料理、トルコ料理とされている。これらは、北半球の文化圏から、代表的な食文化を選んだもので三大料理論に基づいている。その中で、トルコ料理は、イスラム圏・アラビア文字圏に属している。漢字圏・箸食圏からは中華料理、ローマ字圏・西欧世界におけるフランス料理が挙げられている。1)
三大料理論とは地球上のいくつかの大文化圏のうちの3つ食文化の代表という形で選ばれている。しかし、日本での普及という点では、トルコ料理は、フランス料理、中華料理に及ばないであろうし、イタリア、韓国、インド、東南アジアなど、三大料理に勝るとも劣らない味覚の食文化も存在する。トルコ料理は、イスラム圏から選抜されてはいるが、イスラム圏に留まらない複合的な食文化を内在している。この点を知るとトルコ料理は、三大料理論には欠かせないものとなる。
イスタンブールの風景
イスタンブールの風景

もともとアジア人? 

現在のトルコは、西アジアのアナトリア半島(小アジア)と東ヨーロッパのバルカン半島端の東トラキア地方を領有する、アジアとヨーロッパの2つの大州にまたがる共和国である。しかし、トルコ人はもともと現在のトルコではない、モンゴルの北部から中央アジア、さらに西へと移動してきた遊牧民である。「トルコ民族の本来の故郷は、モンゴル高原の北、アジアの東北辺にある。その後、長い年月の間に、次第に南下西進し、中央アジアに広く分布するようになった。」1)トルコ料理とは、遊牧民としての食文化に、イスラムの食文化、ギリシア・ローマのキリスト教圏の食文化が重層的に影響したものなのである。
 「人的要素からいえば、トルコの食文化を生み出す原動力になったのは、中央アジアに起源をもつトルコ人たちであった。そして、トルコ人の中央アジア以来の遊牧の素朴な食文化をはるかに超えた広がりを与え、ついには世界三大料理の一つに数えられさえする一大食文化になるまでを可能としたのは、中央アジアから南下西進したトルコ人たちを迎えたイスラム世界の文化の伝統であった。そして、いま一つ複雑な奥行きを与えたのは、はるか古くビザンツ世界(註:東ローマ帝国、キリスト教、ギリシア文化などを指すと思われる。)までに伝えられた、地中海、とりわけアナトリアとバルカンの食文化である。」1)
 移動に伴うトルコの“イスラム化”の推移をみてみよう。
「トルコ民族の伝統と並ぶ、トルコ料理のいま一つの大きな源流たるイスラム文化とトルコ民族との出会いもまた、中央アジアに遡る。イスラムは、七世紀初頭、アラビア半島紅海寄りのメッカに誕生したが、七世紀中葉から八世紀にかけて、アラブ・ムスリム戦士団を結成し、これによる「アラブの大征服」の中で、西はモロッコ・イベリアから、東はイラン・中央アジアまで拡がり、後のイスラム世界の基礎が築かれた。」1)
「トルコ民族は、中央アジアの地に征服者として留まったアラブ・ムスリムと触れ合い、その後、徐々に旧来の宗教を捨ててイスラム教に改宗するようになっていった。イスラムの文化の皮膜におおわれていくことをイスラム化、イスラムに改宗することをムスリム化が進行していくにつれて、トルコ民族のムスリム化をまた進んでいった。そして、ムスリム化とともに、イスラムの戒律から飲酒の禁忌や、ムスリム食の作法もまた徐々に、トルコ民族の中に浸透していったことであろう。」1)
「11世紀前半になり、中央アジアにいたトルコ遊牧民のオグズ族は大挙してイスラム世界の中心部にむかって南下し始めイランを度捲してイラン高原を中心にセルジューク朝を樹立した。」1)現在のイラン、イラク、トルクメニスタンを中心としたトルコ系民族のイスラム王朝である。

東西南北の交易と豊富な香辛料、食材

 このようにして伝統的なトルコの食文化は、以後の東ヨーロッパからアフリカ地中海沿岸に広がるオスマン帝国時代に形成された。帝都イスタンブールは、東西交易の陸のシルクロードの西の終着点である。また、「オスマン帝国の北辺に位置する黒海は、ロシア平原を北上する南北路によってバルト海とも連なり、食の世界でいえば、黒海産の魚の塩漬け、キャビア、クリミアの塩、ルーマニア・ウクライナの小麦、さらには遠くのロシアの森林地帯に産する高価な香料の麝香ももたらされていた。」1)さらに海の道は、紅海を通る香料の道であり、インド、東南アジアの多種多様な香料、生薬がもたらされた。
今日のトルコ料理は、遠く中央アジアから南下西進したトルコ民族と地中海文化との出会いの中で育まれ、イスタンブールで熟成していった。食材としても乾燥地の羊肉、乳製品とともに地中海、黒海面する地域では多様な植物食材(キャベツ、ホウレンソウ、インゲンマメなど)、海産物(鰯、ムール貝など)の産地である。
 トルコの中でも、地中海地域のオスマン帝国圏で得られる香料・ハーブは豊富で、西アジア原産のサフラン(Crocus sativus)は、ピラフやデザートなどの色付け、香りづけに用いられた。エジプト原産のクミン(Cuminum cyminum)、地中海東部沿岸原産のアニス(Pimpinella anisum)、インド原産の胡椒、インドシナ半島原産の肉桂、モルッカ諸島原産の丁子(Syzygium aromaticum)、ニクズク、中国南部原産の生姜、漢方薬の大黄に類似したシベリア原産のルバーブ(R.rhabarbarum)、アフリカ熱帯原産のタマリンド(Tamarindus indica)など各地から集まってきている。現在では辛味は中南米原産唐辛子が用いられている。

調味料としてのヨーグルト 

今でも調味料代わりに広く用いられるヨーグルトも、おそらく中央アジア以来の伝統を継ぐもので多民族が融合したトルコ料理の中では各になる食材である。ヨーグルトの名も、トルコ語のヨウルトに由来する。
トルコの代表的な料理にケバブがある。ケバブとはアラビア語で焼肉という意味であるが、ケバブそのものは、トルコのみに独特というわけではなく、北は中央アジアから南はエジプトまで、東は新疆ウィグル自治区、インド北部から、西はモロッコ、アルジェリア、チュニジアにまでつながっている地域に普及している。単なる焼肉ではなく独特の風味がある。それは下ごしらえによる味付けと関係がある。タイム、胡椒、唐辛子などのハーブ・香辛料、ヨーグルト、塩、酢、レモン汁とタマネギ、トマトなどの食材を合わせてつくった“特製のたれ”に主に羊肉、または鶏肉を一晩漬けて下ごしらえする。その後の調理法は、ドネル・ケバブ(Döner kebabı)であれば、ドネル(回転する)の意味の通り、中心となる鉄柱に下味を付けた肉を何層にも重ね回転させながらあぶり焼きにしたものである。シシ・ケバブ(Şiş kebabı)とは、シシ(串という意味のトルコ語)から、肉に野菜なども加えて串焼きとしたものである。ヨーグルトを添えて食べるイスケンデルケバブ (İskender Kebabı)というものもある。
ケバブの味付け以外にも、ヨーグルトは用いられている。ヨーグルトとほうれん草のペーストも代表例である。「トルコのヨーグルトは、カイマックと呼ばれる脂肪の固まりが表面を覆っていて、日本のように水っぽくさらさらではなく、乳脂肪分たっぷりでこってりしている。そんなヨーグルトが、ほうれん草の煮込みなどのお皿の脇にたっぷりと添えられている。暖かい料理に冷たいヨーグルトをかけることになるのだが、ほどよい酸味とまろやかな香りが引き立つ。」2)他にヨーグルトにニンニクをすり下ろして混ぜたソースなど、単独でヨーグルトを食べるというよりは他の食材に混ぜ込んでしまうのである。日本では砂糖と混ぜて食べたり、飲んだりするが、トルコでは酸味を損なうようなことはしない。塩味を加えてさらに酸味を際立たせる。アイラン(Ayran)というヨーグルト飲料がある。ヨーグルトに水と塩を加えてよくかき混ぜたものである。インドのラッシーには甘いものと甘くないのがあるが、トルコでは甘いアイランはない。ケバブなど肉料理の後の口直しとして好まれている。日本では塩味の飲料にはなじみが少ないために、デザート感覚で食後に口にすると口がすぼまるような感じがしたものである。ヨーグルトは、トルコ料理を特徴づける隠し味と言えるだろう。東洋医学では酸味は止汗作用があるとされ、乾燥地には適した味覚でもある。
ほうれんそうとヨーグルトのペースト
ほうれんそうとヨーグルトのペースト
アイラン 泡立ちの少ないタイプ
アイラン 泡立ちの少ないタイプ

中国とトルコとの関係 マントゥと饅頭

トルコにはマントゥという料理がある。中国の北方に住んだことがあれば、饅頭(マントウ)を連想させる言葉で、実際に関連があるとされている。朝鮮半島にもマンドゥという料理がある。ネパールにもモモという類似した料理がある。マントゥは中央アジアやトルコ、コーカサス地域(黒海、カスピ海沿岸)、中国北西部で一般的な料理であり、広い地域に普及しており、トルコ民族の移動の歴史とマントゥの広がりの関連も論じられている。遊牧民と関連の深い携帯用の食事であった。マントゥとは、小麦粉を練って作った生地に具材を詰めて調理した小さな餃子のようなもので、香辛料で味をつけた羊肉もしくはそのひき肉を生地の中に詰め、茹でるもしくは蒸して作る。バター、唐辛子、ヨーグルトにニンニク、酸味の強い中東のスパイスであるスーマック、ドライミントなどをすり下ろして混ぜたソースをかけて食べる。ここでもヨーグルトが関わってくる。トルコではなくてはならない調味料なのである。

“酸塩味文化圏”

 ヨーグルト以外にも、酢、レモンなど柑橘系のしぼり汁、トマトなど料理のアクセントとして酸味は非常に用いられている。他に、トルコのスープには、トマト、レンズ豆にレモン汁が用いられていて酸味が強い。玉ねぎの甘味は使用するものの砂糖は食事の調味料としてはあまり用いられない。食事以外で、チャイではミルクは入れず角砂糖を入れて嗜む。紅茶はトルコ国内では黒海沿岸に産地がある。
酸味を多用し、砂糖を用いないという点では、東南アジア、東アジアの調味料とは大きく異なっている。後者では砂糖、塩も用いるが、旨味という新たな味が好まれている。
「乾燥地帯では、腐敗は生じにくく進行もしにくい。しかし、逆に、種々の細菌やかびの食の世界での有効利用の幅は狭まるであろう。乾燥したステップ地帯に淵源を発し、アナトリアのやはり乾いた風土の中で育まれたトルコ料理の場合、発酵食品としては乳を用いたヨーグルトがめだっているくらいで、その品揃えに乏しい。そこで調味料も、塩とハーブ、スパイスに頼るところが大きい。これに対し、高温多湿地帯では、腐敗が激しいかわりに、細菌やかびの様々な有効利用も可能となる。日本も含めた東アジアから東南アジアにかけての地域では、中国や日本の醤油のような植物性蛋白質の分解によるものから、ヴェトナムのニョクマムのような動物性蛋白質の分解によるものまで蛋白質の分解によるアミノ酸系の調味料の豊醇な世界が拡がっているのである。」1)
 トルコ料理では旨味ではなく、中央アジアの遊牧由来のヨーグルトの”故郷の味“である酸味がこの上ない懐かしい味として沁みついているのである。

結語

 世界三大料理の一つであるトルコ料理をみてきた。トルコは北モンゴルの遊牧民族でありながら、中央アジアから黒海、地中海沿岸部と移動してきてきた。トルコ料理とは、遊牧民としての食文化に、イスラムの食文化、ギリシア・ローマのキリスト教圏の食文化が重層的に影響したものとされている。交易を通じて東西南北より肉、魚、香辛料など豊富な食材が流通した。中でも中央アジア以来の伝統をもつヨーグルトはトルコ料理では調味料として用いられ、独特の酸味がトルコ料理の味わいとなっているのである。

Abstact

Turkish cuisine is considered one of the three major food culture in the world. Turkish peoples had moved from Central Asia to the Black Sea and on to the Mediterranean coast, although they were originally a nomadic tribe of Northern Mongolia. Turkish cuisine is a mixed food culture comprised of the Asian nomadic, Islamic and Greek and Roman Christian origins. Food, fish, spices and other rich ingredients were distributed from the north, south, east and west through robust trade. Above all, yogurt, which comes from their Central Asian nomadic origin, is still used abundantly as a seasoning, and its unique acidity is the signature taste of the Turkish cuisine.

参考文献

  1. 鈴木薫:世界の食文化 トルコ,農文協,2003
  2. 細川直子:トルコの幸せな食卓,洋泉社,1999