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日本の土壌と文化へのルーツ㊳ 広東料理

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

広東料理のルーツ

「もともと香港は小さな漁村で、そこに一挙に大量の人間とともに新しい食風俗が移植されたと言ってよい。」1)とあるように、香港、そしてその代表としての広東料理とはもともと現地にあったものが単に発展しただけではなく、新しく作られたという面がある。
 例えば、現在の広東料理は甘味が持ち味である。しかし、「広東料理の特徴である甘さは、もともと広州のものではない。広州はどちらかといえば塩味文化の強い文化圏だったのだ。」1)とあるように、甘味もまた本来のあったものではなく、途中で創られたものなのである。一方で、広東省は熱帯湿潤気候に属し、サトウキビの栽培地域でもあり、供給には事欠かない。広東省の潮州にはサトウキビの集積地がある。

広東料理の裾野

 視野を広げて、大陸に広がる広東省をみてみよう。
広東は広州を代表として潮州、東江、順徳の四つの地域に分けることができる。
 潮州は、広州から海沿いに東に位置する。華僑を多く輩出し、交易が盛んであった。乾物(イカ、カキ、魚の干物、乾燥させた魚の浮袋、フカヒレ)、魚醤、塩などを使った、うま味と塩味を兼ね備えた海産物系の料理が多い。小粒の牡蠣を入れた卵焼き(蠔烙:オールアッ)、そして高級なフカヒレ料理も潮州が起源ともされている。卵焼きである蠔烙にも、ケチャップではなく魚醤をかけて食べるのである。
「潮州料理は江蘇菜と福建菜の長所を吸収して完成したものであり、また近代に入ると潮州人が東南アジアに移り住み、相互に交流して東南アジアの料理の沙茶食品(註:沙茶醤という、ヒラメなどの魚介をベースにニンニク、ゴマ、香辛料、植物油を加えて煮込んだ調味料でインドネシアがルーツとされる。)を潮州料理に持ち込み、また当の潮州料理が東南アジアの華僑を通じて、広東料理として紹介されていくという、複雑に絡み合い、共鳴し合う過程を育んできた。そして、その伝播も、中国内部のように途中で経由する地域の文化の混入が比較的少ないことだ。」1)
 潮州料理は、沿岸部に隣接する福建省や、南京などの都市部を含む江蘇省など中原からの影響に加え、華僑による海路を通じての東南アジアとの交流も料理の裾野を広げているのが分かる。
 東江は、広東省の北東部から流れてくる河川で、その流域の恵州、梅州の料理を東江菜(東江料理)と呼んでいる。
「東江菜は「客菜」と呼ばれる「客家料理」。客家は戦乱を避けて嶺南に移ってきた漢族で、産地を開拓して住んだことから養殖の肉類を料理の主とする。海産物を使うことはほとんどない。」1)代表料理として、釀豆腐(ニオンテウフー)という肉詰め豆腐や、梅菜扣肉(モイツォイケウニョッ)という醤油と砂糖で味付けした豚肉と梅菜(干した芥子菜)の蒸し物などがある。
 海産物を主体とする沿岸部の潮州、もともと中原を起源として南下してきた客家の東江料理は、調味料の時点で大きな差異がある。広東料理の中におけるこの違いはどのように吸収されていったのであろうか。
「おそらく広東の醤油と、肉を塩漬けにして発酵させた肉醤の二つが、潮州の魚醤と劇的にぶつかったことだろう。」1)
 魚醤は、広東料理の主としては普及せず、使用は潮州料理に留まっている。一方、乾物は広東料理の中に浸透していった。1980年代に生まれたXO醤は、干しエビ・干し貝柱といった乾物を水に戻し、ラー油・紹興酒・オイスターソース・豆板醤などの調味料で味を調える調味料である。また乾物のフカヒレ、アワビは高級料理として、広東料理の代表と言われる程に成長していった。
順徳は広州の南の近郊に位置する。川や池が非常に多く、淡水魚の食材が豊富で、陳皮、橄欖、紫蘇などの味付けを用いるのも特徴である。ウンシュウミカンの果皮である陳皮、紫蘇の葉の紫蘇葉は漢方薬としても使われ、消化吸収を助ける働きがある。
 広州から海沿いに広東省西端に向かうと、海を挟んで海南島という中国最南端の島がある。現在はこの地域は海南省に属している。古来より苗族、黎族などの少数民族が居住してきたため、「黎苗料理」も特徴で、 竹の節にモチ米を入れて炊き上げた「竹筒飯」や「苗族五色飯」がある。海南四大料理とされる「文昌鶏」「和楽蟹」「東山羊」「嘉積鴨」以外にも、「燕の巣」、「焙乳豚(子豚の丸焼き)」など海産物も肉類も食べられている。熱帯湿潤気候に属するために、椰子も良く生え、ココナッツミルクで米を炊いたり、デザートにしたりなど、料理によく用いられている。
貝柱と鮑の乾物
貝柱と鮑の乾物

広東における肉食と魚食の融合

 もともと広東人は海産物を良く食べていた。
「唐以後、さらに中原では戦乱が続いていたが、広東地域は十国の南漢に統治されていたこともあって比較的安定していた。前述したように、中原の文化人が戦乱を避けて広東に移ってきた。これによって広東は中原の飲食文化の影響を受ける。つまり海産物主体だった広東に中原の獣肉文化が入ってきた。」1)
 人の移動により、海産物と獣肉の組み合わせが料理体系に入ってくる。そして、「明・清代に入ると広州を中心として何種類もの地方料理が完成した。」1)のように、広東省の中でも多様性が生まれていく。
「潮州料理はストレートに広東に入り、一方甘味料は上海から蘇州に流れていった。」1)海産物主体の潮州料理は、広州に伝わったものの、香港では主の広東料理の味付けとしては定着しなかったようである。
「香港経済の成長期に入って、その味わいの洗練化をどの高級料理店でも成し遂げた。70年代前半には、魚醤は放逐された。使うのは潮州料理店だけで、あとは東南アジアに流れ、その地での魚醤と同化していった。」1)

香港における広東料理のプロデュース

 香港は多彩な歴史的背景を有する国際的な貿易都市である。経済発展に伴い、料理の味付けも洗練されていく。それは広東料理の普及にもつながっていった。
「そして、70年代後半になって、高級料理には三つの道がはっきりと見えてきた。一つは香港からさらに南アジアの料理を積極的に取り入れること。二つ目はヌーベル・キュイジーヌ(新感覚料理)後のフランス料理感覚を取り入れること。そして高級素材は乾物に頼ること、の三つである。その結果、広東料理がタイやシンガポールの料理と混じりあって、新しい味覚が生まれた。それはタイやシンガポールにあった華僑料理と、香港の広東料理の単純な混じりあいというだけではない。東南アジアの諸国の料理はそのままに、そのエッセンスが香港に集まり、香港で料理法が開発され、そしてまた東南アジア諸国の料理店に戻って行った。この香港主導型の流れは、そのまま当時のアジアの国際経済と合致する。」1)
 乾物の高級素材、フカヒレ、アワビなどは潮州を起源とし、広州へ、さらに広東料理の代表格へとおさまっていった。
「さらに香港人の経営感覚の凄さを物語るのは、香港料理の洗練度と高級度を乾物の素材によってもたらす、奇異な料理体系を作り上げたことである。」1)

フカヒレとアワビ

 乾物は保存がきき、沿岸部以外に内陸部にも輸送するのに適している。それ以外に敢えて乾物を用いることによって得られた利点とは、乾物の有する風味と関係があるようだ。
「魚介の乾物を慎重に戻すことによって、もともとあった旨味が倍加されるのは良く知られているが、その旨味の中に乾物特有の腐敗臭があることは見落とされている。その臭みは火腿(中国ハム)の燻製臭と組み合わされて、新しい香港料理の強力な味覚となった。エキセントリックな洗練である。」1)
 フカヒレ自体には、それほど強い味はない。「フカヒレは軟骨部分である。ほんらいなんの味もない。」2)ともいえる。
「フカヒレの姿煮は食材の自然の味ではない。人工的に「合成」した風味を楽しむ料理である。」2)それでは、フカヒレを高級な珍味としているのはなにであろうか。
「見た目の豪華さ、デザインの美しさもさることながら、おいしさのもっとも重要なポイントは味、香りと舌触り。ゼラチンのようななめらかさ、フニャッとした柔らかさと、煮込んでいるもののわずかに残っている軟骨の弾力との絶妙な組み合わせは舌と歯に快い刺激を与えてくれる。もうひとつは濃厚な味である。フカヒレの姿煮を調理するとき、極上品の汁が不可欠。一般に地鶏や家鴨などを長時間煮込んでできたスープが用いられる。とろみをつけることによって、汁のなかのエキスは軟骨のまわりに付着し、糸状のヒレとヒレのあいだにスープがしみ込むようになる。汁のなかの油分は取り出されているから、こってりとした味覚を与えながら、まったく脂っこくない。」2)
 海産物を、獣肉で味付けするという思いもよらない折衷は試行錯誤の結果なのであろうか。
 フカヒレについての記述は、李時珍の当時の薬剤、食材を掲載した百科全書である『本草綱目』の無鱗魚類のなかで、「いにしえは鮫魚といい」「腹の下にフカヒレがあり、味はいずれも非常においしい。」「南方人がこれを珍重する。」と書かれていて、南方では明代から食されていたことがわかる。
 フカヒレの調理法は、18世紀の『食憲鴻秘』に紹介されているが、乾物ではなく、振戦なフカヒレをつかっていたとされる。18世紀以降になると乾物を用いた現在と似た調理法が掲載されている。清代中期には宮廷にも上がる料理ともなった。2)
 アワビは漢代から食べられていたとされるが、明代になって高級料理として宮廷にも普及したようである。2)アワビの貝殻は、石決明と言われる漢方薬である。頭痛、めまい、耳鳴や不眠、動悸、焦燥感、不安感に用いられる高級漢方生薬である。
 長江以南では海産物はよく食べられていたが、中国の北方では肉食主体で海産物はあまり食されておらず、明清時代になってフカヒレ、アワビなどの乾物も北上し、ようやく宮廷に受け入れられるようになったようである。

干し肉と乾物を併せて用いる

 フカヒレに限らず、他にも乾物と肉の旨味を共に使う料理は広東料理の特徴である。肉には、腊肉(干し肉)、臘腸(干し腸詰肉)を用いる。腊肉、臘腸は、塩または、醤油、砂糖、玫瑰露酒(ハマナスの酒)に漬けこんで干したものである。
 腊肉、臘腸を貝柱の乾物で炊き込んだ釜めしは、干し肉と乾物の風味が交じり合って独特の香りと味わいを醸し出す。
広東では、海の幸も山の幸も積極的に用いている。「広東は周辺の料理と、中原の料理とを縦横無尽に飲み込んで、たえず新しい姿に生まれ変わっていった。」1)
干し肉
干し肉
ナマコと腸詰め肉
ナマコと腸詰め肉
腸詰め干し肉貝柱ご飯
腸詰め干し肉貝柱ご飯

結語

 広東料理といってもその背景となっている食材、調理法は非常に幅広い。海産物を主とする潮州料理、客家の肉料理を主とする東江料理、淡水魚が豊富な順徳料理などが背景にある。現在の広東料理では、乾物を頻用するのが特徴の一つである。現在、高級料理となっているフカヒレの姿煮はフカヒレの乾物という希少食材を用いながら、味付けは鶏、鴨の出汁を用いる、肉魚折衷の独特の調理法である。1980年代に生まれたXO醤も、干しエビ・干し貝柱といった乾物を用いた調味料である。腊肉、臘腸を貝柱の乾物で炊き込んだ釜めしは、干し肉、魚介の乾物を合わせて創った味であり、独特の風味がある。広東は周辺の料理と、北の漢族がもたらした肉料理や海路からの海産物、東南アジアの料理などを縦横無尽に飲み込んで、創造され、発展してきた料理なのである。まさに食在広州といわれる所以がこの気風にあるのである。

Abstact

Cantonese cuisine has a very wide variety of ingredients and recipes behind it. There are Chaozhou dishes mainly made of seafood, Dongjiang dishes mainly made of Hakka's meat dishes, and Shunde dishes rich in freshwater fish. Today's Cantonese cuisine is characterized by frequent use of dry fish. At the present time, cooking the appearance of shark fin which is a high-class food, is a unique cooking method using both of meat and fish; soup of chicken and duck and the rare food of dried fish of the shark fin. XO sauce, which was born in the 1980s, is a seasoning that uses dry matter such as dried shrimp and dried scallops. It is a taste created by combining dried meat and dried fish with steamed rice, which is cooked with dried shellfish, and it has a unique flavor.Guangdong is a dish that has been created and developed by swallowing the food of the surrounding area, meat dishes from the northern Han Chinese, seafood from the sea, and Southeast Asian dishes. That's exactly what is called food-rich Guangzhou.

参考文献

  1. 勝見洋一:中国料理の迷宮,朝日新聞出版,2009
  2. 張競:中華料理の文化史,筑摩書房,2013