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日本の土壌と文化へのルーツ㊴ インドのカレーと東洋医学

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

“スパイス”と東洋医学

 東洋医学の生薬学書を開き、目次に目を通すと、“温(おん)裏(り)薬”という章がある。その中身を見てみると、附子(トリカブト)、細辛(サイシン)という食用ではない生薬の後に、乾姜(日本では生姜を湯通しまたは蒸したもの)、肉桂(シナモン)、小茴香(フェンネル)、丁香(クローブ)、蜀椒(山椒の果皮)、胡椒が続いている。温裏薬”とは、温は“温める”、裏は“体内”という意味なので、体内、臓腑を温める生薬群である。他に、薬用ではないが、唐辛子は“温裏”食材の定番である。
 また、活(かっ)血(けつ)薬という血行を改善する生薬群には、鬱金(ウコン(ターメリック):日本のウコンは姜黄であり、種が異なる。)、蕃紅花(サフラン)があり、胡芦巴(フェヌグリーク(コロハ)は“補腎陽薬”といい強壮薬の一種である。
 これらはいずれも“スパイス”と呼ばれていて、熱帯湿潤地帯を生産地とする。カレー粉で馴染み深いの香辛料である。ただこのカレー粉というのは、イギリスが商品化したものであって、インドの地元の料理では各家庭で、複数のスパイスを独自に調合し、挽いて用いてきた。
 スパイスとは、「主として熱帯、亜熱帯、温帯地域に産する植物の種子、果実、花蕾、柱頭、葉茎、木皮、根塊などから得られるもののなかで、刺激性の香味をもち、飲食物を風味づけたり、着色したり、食欲を増進させたり、消化吸収を助けたりする働きのあるものをスパイスと総称する。」3)とされている。
そのため、広義にはハーブもハーブスパイスという範疇に含まれ、生薬である藿香(パチョリ)、薄荷、紫蘇も同時にスパイスでもある。

インドとスパイス

 インドは、香辛料の生産地であり、スパイス食文化の一拠点である。
 インドはターメリック、ショウガ、タマリンド、ロングペッパーといった“カレー”に欠かせない香辛料の原産地である。
「インドでは香辛料では家庭の味付けに欠かせないものであり、市場に行けば、“スパイス屋”のようなものが存在し、ターメリック(ウコン)、クミン(ウマゼリ)、コリアンダー(コエンドロ)、トウガラシ、ニンニク、ショウガ(生姜)、コショウ、マスタード、値段の張るスパイスとしてクローブ(丁子)、カルダモン(小豆蔲)、シナモン(肉桂)などが売られている。店頭に数多くのスパイスが並ぶ様子は、東洋医学のおける中国の漢方市場に似ている。家庭では、家族の好み、健康状態によって調合が調整される。インドにおける「基本的総合調味料」2)なのである。
 これらの「基本的総合調味料」を粉状に混ぜ合わせたものをマサラといいい、アラビア語起源ともされている。小茴香(フェンネル)、蕃紅花(サフラン)は中央アジアと、丁香(クローブ)、ニクズクは東南アジアとの交易でもたらされたものであり、スパイス文化は中東、東南アジアとも関連性が深い。
 スパイス文化の中でもインドの特徴とされる配合や調理法がある。
「インド料理の最大の特徴は、スパイスとニンニク、タマネギ、トウガラシなどの強い香味料を同時に使う点にある。」1)
「インドではごく一般的だが、西欧にぴったり相当するものがない調理のテクニックがある。ヒンディー語でブーナというもので、スパイス、ニンニクのすりおろし、タマネギ、ショウガ、ときによってトマトを少量の油でしんなりするまで炒め、そこに肉、魚、または野菜を加えて炒め、少量のヨーグルト、その他の液体を一度に加える。加える液体の量や調理時間は汁気の多い料理にするか、汁気のない料理にするかによって変わる。これが、いわゆるカレーを作るときの基本技術だ。」1)

カレーという食べ物?

  インドの代表的な料理というとカレーを思い出すかもしれない。しかし、インドでは“カレー”という名前の料理が指しているものは日本のイメージとは異なる。
「カレーとは、スパイスを効かせた、肉、魚、または野菜の煮込み料理で、ライス、パン、コーンミル(乾燥させたトウモロコシを挽いて粉にした食べ物)などの炭水化物が添えられた食べもの。スパイスはその場で手作りしたパウダーでもペーストでも、店で売られている既成にスパイスミックスでもよい。」1)
 この定義であれば、インドに限らず、東南アジア、南米、アフリカ、そして日本も広義のカレーに含まれる。最も狭義でいえば、18世紀後半に英国領インドの台所でつくり出された“アングロ・インディアンカレー”を指すようである。1)
 カレーの語源には諸説あり、スパイスで味付けした野菜や肉の炒めものを指す南インドのカリルまたはカリという言葉が元ともされている。もともと私たちがカレーという料理をインドではカレーと呼んでおらず、今でも家庭で作る煮込み料理全般を「カレー」と呼んできた。1) 
 現在世界に知られている“カレー”とは、インドの地元の香辛料と煮込み料理の伝統を生かし、アレンジされた料理ということになる。

スパイスの調合の多様性

 スパイスを調合して用いる食文化は、インド固有ではなく、中東とも関係が深く、東南アジアにも広がっている。
「一般的なスパイスミックスの成分は、ターメリック、クミンシード、コリアンダーシード、トウガラシ、フェヌグリーク(和名コロハ。油で熱するとほろ苦さと甘さの混じった特有の香りを発する)、カレーリーフという南インドでさまざまな料理に用いられる香りのよい葉は、入っている場合と入っていない場合がある)。」1)
スパイスは、種類も幅広く、インド国内においても多様性がある。
「マサラの成分は、地方ごとの好み、宗教、料理の他の材料など、多くの要素に左右される。亜大陸のどの地域のマサラにもほぼ例外なく入っているスパイスがクミン、コリアンダー、トウガラシだ。ヒンドゥー教徒は豆料理や野菜料理にターメリックをひとつまみ加えて、香りと色をよくする場合が多い。ベンガル地方(インド東北部、現在インドとパキスタンに分断されている地域)の基本的なスパイスミックスの材料はクミン、ブラックマスタード・シード、ニゲラ、フェンネル、フェヌグリーク。南インドの菜食料理の典型的なスパイスは、コリアンダー、クミンシード、ブラックペッパー、マスタードシード、フェヌグリーク、アサフェティダ(厳密なヒンドゥー教徒はアサフェティダをニンニクの代用品とする)、そしてカレーリーフ。北インド料理では、ガラムマサラ(「熱いスパイス」という意味)というスパイスミックスを使う。これはシナモン、クローブ、カルダモン、ブラックペッパー(まれにターメリック)が入っていて、肉料理にえもいわれぬ香りを与えるムスリム料理と縁の深いスパイスだ。」1)

カレーは、プロデュースされ、世界的な料理に

 “カレー”が世界的に知られるようになったのは、イギリスの影響が大きく、西欧の好みのフィルターを通し取捨選択されたことが影響している。
「(註:イギリスの)料理書の著者の中には、ベンガルカレー、マドラスカレー、ボンベイカレー、セイロンカレーといったようにカレーを都市または地域ごとに分類する者もいた。『アングロ・インディアンの地方の違いに関する理解は・・・・少々大雑把だった。彼らは、目立ちはするが、かならずしも普遍的とはいえない特徴に目を向けがちであり、そうした特徴をその名前で分類したすべてのカレーに頑なにあてはめた』。こうして、すべてのセイロンカレーはココナッツで煮込み、すべてのマドラスカレーは辛く、すべてのコルマはヨーグルトから作られる羽目になってしまった。」1)
 雑多な個性が凝集したインド料理を、地域性を採り入れて、分かりやすく分類することで、異国の新鮮な味を提供が可能となった。しかし、イギリス人の味覚のフィルターを通ることなく、地元に留まった味もある。
「イギリス人はこれ以外にも数多く存在するインドの他の野菜料理、たとえばグジャラートやマハラシュトラ(どちらもインドの西部の州)の洗練された野菜料理、南インド地方のケララの複雑なシーフード料理、あるいはベンガルの刺激的な魚料理は好まなかった。また、異なる地域の素材をやたらに結びつけようとした。たとえば、南インドで広く使われるココナッツミルクを北インドのムスリム料理に入れた(コッコバーン(フランス・ブルゴーニュ地方の鶏の赤ワイン煮)にゴマ油を足す感じといえばいいだろう)。しだいに、カレーは地方色豊かな食べものから、汎インド的な料理になった。」1)
 現在でもインドの“カレー”には現地の鯉、鰹を用いたものがあるが、あまり知られていない。

インドの地方ごとの違い

インドの食文化の多様性は、この地域版カレーによって単純化されるほどではないが、その特色を東西南北に大きく分けて概説してみよう。

インド北部

 ニューデリーを含むネパール、中国、パキスタンと国境を有する地域である。乾燥地域であり、主食は小麦となる。パンやナンのどの小麦製品が食されているが、ナンは中央アジア、西アジアとつながりが深い料理である。他に乳製品が良く用いられている。
 スパイスとしてクミン、コリアンダー、シナモン、カルダモンおよびこれらを配合したガラムマサラなどを多用する。この地域は、ムガール帝国時代にインド料理とイスラム料理が融合した宮廷料理が有名である。
 コルマもムガール料理を起源とする。ヨーグルト、生クリーム、アーモンド、カシューナッツなどのナッツ類のペーストに、スパイスを合わせた“カレー”で、辛味を抑えたクリーミ—な味覚である。
 他に、北インドの料理で有名なのが、タンドリーチキンがある。タンドゥールという壺風の大きな土窯を用い、スパイスを入れたヨーグルトに漬けて、タンドールで焼き上げたものである。
インド料理 肉

インド南部

 インド亜大陸の南端までの南半分である。湿潤地帯で米が主食である。
スパイスも北インドのクミンの代わりにクロガラシの種やカレーリーフ(オオバゲッキツの葉)を好んで用いている。菜食主義者が多いため野菜や豆の料理が発達し、海産物も食べられている。
 西岸アラビア海とガート山脈に囲まれた土地にケラーラという都市があり、カレーの発祥地という説がある。2)ケラーラは、降雨が多く、胡椒、カルダモンの産地であり、椰子が多く、ココナッツ油を用いたシーフード、中でもエビカレーがある。イギリス人の味覚のフィルタ—は通らなかった料理である。
 インド南東端の向かいにスリランカがある。島にはココナッツ林が広がっている。ケラーラに食文化は似るが、特徴は辛さにあるとされる。鰹節の使用など独特の風味付けがある。
「もちろん辛さはトウガラシからくるのだが、スリランカ料理の場合、ただ料理にトウガラシを入れるというのだけではなく、それがモルディブ・フィッシュとあわさっていることに味の特色がある。」「モルディブ・フィッシュというのはアラビア海のモルディブ諸島でつくられる鰹節の意味」ある。2)
「スリランカ料理では、日本と同じように、料理の味付けにその鰹節を多用するのである。」2)
インド料理 米

インド東部

 東はミャンマー、北はブータン、ネパールに国境を有し、バングラデシュを挟み込む感じで、南方はベンガル湾に面している。
 スパイスとしては、フェンネルシード、フェヌグリーク、クロガラシの種、クミンを合わせたパンチ・ポロンという配合香辛料を風味づけによく用いるほか、白いケシの実をしばしば用いる。
 この地域では鯉に似たローフという淡水魚がよく用いられている。
「ベンガルで魚といえば、その地で大きなデルタを形成して海に注ぐ、聖なる大河ガンジス川とその支流、あるいは、いたるところにできている池や潟でとれる淡水魚なのである。」2)
 茄子、ターメリックは東部インドが原産地である。
「ウコンは料理に用いられるだけでなく、女性が美容と健康のために肌に塗ったりするし、さらに、その黄色には吉祥の意味があり、結婚式の案内状など、おめでたい知らせの四隅をウコンで染めたりする。」2)
「ナスとウコンは、インド亜大陸に居住する言語民族の中で、アーリア民族、ドラヴィダ民族と異なり、東南アジアへオーストロ・アジア民族とのむすびつきが強いとも考えられていて、インド文化の多元性をしめすものと言えよう。」2)インド東部が地理的にも東南アジアと近いことが分かる。東南アジアでは広東料理では普及しなかった魚醤を料理に好んで用いる。

インド西部

 西部といっても、北西はパキスタンと国境を有し、アワビア海に面したムンバイという都市を含む西海岸、内陸部を含む広範な地域を指している。スパイスとして、ショウガ、ターメリック、クミン、チリ、シナモン、黒コショウなどが好まれる。
 中でもゴアは、西海岸でもインド南部に差し掛かる場所であるが、旧ポルトガル領でキリスト教布教の拠点であったため、独自な食文化が発達している。ヴィンダルーというもともとポルトガル料理(肉のワインビネガー酢とタマネギ、ニンニクで煮込み)に由来し、唐辛子の辛味とともに酢の酸味が特徴的である。

結語

 スパイスの多くは漢方生薬でもあり、カレーなどの料理に用いられる香辛料でもある。インドはスパイスを多用する食文化を有する。インドにおいて、カレーとは、スパイスを効かせた、肉、魚、または野菜の煮込み料理を指していた。現在世界で知られているカレーはイギリスの影響により、西欧の味覚に合うように創られた料理である。知られているカレー以外にも多様なカレーがインドの各地域に残っている。インド国内の各地域におけるスパイス調合、食材の違いを概説した。

Abstact

Many of the spices are not only herbal medicines but also spices used in dishes such as curry. India has a food culture that makes frequent use of spices. In India, curry originally means a stewed dish of meat, fish or vegetables with spices. Curry, now known around the world, is a dish created to match the taste of Western Europe under the influence of Britain. In addition to the known curries, various curries remain in each region of India. The outline of spice preparation and ingredients in each region in India was outlined.

参考文献

  1. コリン・テイラーセン著、竹田円訳:カレーの歴史,原書房,2013
  2. 辛島昇:インド・カレー紀行,岩波書店,2009
  3. 武政三男:スパイスの科学,河出書房,2015