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日本の土壌と文化へのルーツ㊵ 医食同源としての牡蛎

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

魚介類の生食としての牡蠣

 魚介類を生で食べることは、欧米の食文化ではあまりない。しかし、牡蠣は生が美味であるために、例外的に古代ローマ時代から大量に生食されていた。牡蠣の養殖技術に関する最初の記載は、ローマの博物学者大プリニウスの『博物誌』に登場する。
 紀元前4世紀のギリシアの医師ムネシテウスの「牡蛎、メライニス、胎貝、そのほかこれに類するものは、胎内に塩水を含むために、それを食べてもこちらの体に同化しにくい。それゆえ生で食べると、この塩分のために腸に対して下痢の作用をし」1)という記載もある。北半球を中心として、東洋、西洋問わず、生食されている牡蛎についてみてみよう。

有史以前からの生き物

 牡蛎は2億3000年前1)、すでに地球上に姿を現していたとされている。現在の食用の牡蠣はカキ目イタボガキ科に属し、さらにイタボガキ属(Ostrea)、マガキ属(Crassostrea)、オハグロガキ属(Sccostra)に分類される。今日では食用として世界の牡蠣の95%が商業的に養殖され、マガキ属マガキ(C. gigas)が主体である。マガキは75%以上とされる。2)
 牡蛎は、生食される点以外にも非常にユニークな生態を有している。その一つが性転換である。

性転換の能力

 マガキ属の牡蛎は、出生後、多くはオスとして成熟し、繁殖期を終えた後、次の繁殖期にはメスに性転換する両性動物である。
「牡蛎は必要に応じて性別を変える習性がある。マガキ属の牡蠣の場合、オスは精子を、メスは数千万から一億個もの卵を、同時期に放出する。」1)
「マガキ属は性転換する性質がある。生まれたときはオスでも、翌年にはメスに変化する可能性があり、生涯の間に何度も性別を変える。イタボガキ属の牡蛎(ヨーロッパヒラガキ Osteria edulis、オリンピアガキOsteria lurida)は、一つの体に卵と精子を持つ雌雄同体で、繁殖期の間に何度か性別を変える。」1)
 マガキは成長に伴ってサイズが大きくなると基本的にはオスからメスに性転換するが、他の個体がいると性転換が起こりにくいとされている。3)
 どのように周囲の状況の情報収集をしているのかは明らかではないが、牡蠣にはお互いに付着して密集する性質があり、密につながってはいる。牡蛎は足糸という強力な接着力をもつ繊維状の物質を分泌して固着する。1)
 このように状況に応じて性転換することができる生物には、軟体動物(エゾフネガイなど)、魚類(クマノミ、メダカなど)、節足動物(ホッカイエビなど)の一部、植物では、漢方薬でもあるサトイモ科テンナンショウ(天南星)がある。
 東洋哲学では、あらゆる物事を陰陽という二面性から見る。牡蛎では、雌雄という陰陽が、転換しうる可塑性を備えているのが特徴である。食用となる冬季はマガキの繁殖期でないために、生殖巣が退化していて雌雄の区別がつかない。
 性転換は、雄雌の形態が異なれば異なるほど、コストもかかり、利点が少なくなる。
 牡蛎は雌雄の区別も変換可能だが、他の軟体動物と同様、臓腑も完全には分離していない。「軟体動物門の仲間の特徴は、同じ器官を複数の目的に利用していることだ。心臓と腎管(無脊椎動物の腎臓)は生殖器の一部を兼ねている。」1)
「鰓は呼吸に使われるほか、えらについては繊毛は排泄と生殖に必要な海水の流れを外套腔内に作り出す。」1)泌尿器としての排泄と生殖のための精子や卵子を放出する働きを同じ器官が行っている。
 東洋医学でも数ある臓器を5つに分類しており、東洋医学の腎には生殖機能が含まれている。生物も進化に伴い性別も臓器も専門分化していったのであるが、東洋医学の概念には太古の生物の状態の痕跡が繁栄されているのかもしれない。

牡蠣殻の雌雄

 牡蠣の殻にも雌雄があるが、こちらは転換できない。二枚貝ではないために、二つの殻は左右非対称であり、機能も異なっている。一方の貝殻は右殻(別名:上殻・蓋殻)と呼ばれる。平たいチョーク層が重なりあって、空洞を多く有しており、海底の泥に生まれず浮力を有するように設計された蓋である。
 もう一方の殻はくぼみがあり、硬さを維持するための葉状層を主につくられている。牡蠣の身を収容できる形で左殻(別名:下殻・身殻)である。『本草綱目』という薬物学書には、牡蠣の左殻を薬用として使用するように記載されている。雌雄の殻とも水中に溶けているCaを析出して利用しているため。雌雄の殻とも、主成分は炭酸カルシウムであるが、形態から効果が異なると考えられていた。現在は、薬用には雌雄の区別なく、殻全体が用いられている。
牡蠣殻の内側 写真
牡蠣殻の内側 写真
牡蠣殻の外側 写真
牡蠣殻の外側 写真

人類の食料源としての牡蛎

 食用となる牡蠣の身は「人類が太古から利用していきた食料のひとつ」1)である。現代の牡蠣の生食文化は北半球に顕著であるが、牡蠣は、南半球でも大切な食料源であった。人類が牡蠣を大量に食べていたことを示す最も古い証拠は16万4000年前の南アフリカのモーセル・ベイで発見され、現在でも牡蠣の養殖が続いている。1)
 オーストラリアには、地球最古の文明を今なお伝承していると言われるアボリジニの人々の祖先が、4万~6万年前に数千年にわたって築いたとされる貝塚がある。1)
 文明誕生以降の人間が牡蠣を食べていたことを示す最も古い例は、1876年にハインリッヒ・シュリーマンが発掘したミケーネの遺跡で見つかった。ミケーネ遺跡は紀元前1600~1200年頃にギリシアのミケーネで栄えた文明の遺跡。竪穴墓のひとつに、多数の牡蛎殻といつくかの開けられていない牡蠣を見つけたのである。1)日本では縄文時代から食べられていたようであるが、生食は後になって逆輸入された食習慣のようである。

アジアの牡蠣 医食同源

「中国では紀元前475年に政治家の范蠡が、魚介類の養殖に関する中国最古の書物『養魚経』を著した。漢王朝時代には牡蛎の養殖が行われていたという記録もある。1)
 薬用としての牡蠣(薬用はカキではなく、ボレイと呼ぶ)は、東洋医学における最古の生薬学書『神(しん)農本(のうほん)草(ぞう)経(きょう)』にすでに記載がある。この書物は紀元後1-2世紀に編纂されたと考えられている。食用となるのは牡蠣の身であるが、薬用には牡蠣の殻が用いられる。
 牡蛎は不安、動悸、不眠に対する鎮静剤としてよく用いられている。他に身体に必要なものが外に漏れてしまうのを防ぐために用いられている。寝汗、失禁、夢精、帯下がその例である。桂(けい)枝(し)加竜骨(かりゅうこつ)牡蛎(ぼれい)湯(とう)、柴(さい)胡(こ)加竜骨(かりゅうこつ)牡蛎(ぼれい)湯(とう)という漢方薬には、牡蠣の殻が配合され、今でも日常診療で多く処方されている。
 また制酸剤としても用いられている。牡蛎殻の75%は炭酸カルシウム(方解石)で構成され、そのほかにリン酸カルシウム、硫酸カルシウム、マグネシウム、アルミニウム塩、酸化鉄を含んでいる。カルシウムイオンが胃酸を中和することを利用したものである。安中散(あんちゅうさん)という漢方薬にも牡蛎が含まれている。
 牡蠣の身は栄養価が高く、豊富なグリコーゲン、タンパク質、鉄、オメガ3脂肪酸、カルシウム、亜鉛をはじめ、ビタミンA、B1、B3、C、D2など必須ビタミンやミネラルが多く含まれている。一方、脂肪が少ないのが特徴である。
 東洋医学では、牡蠣の身は「体を潤して血を補い、精神を落ち着かせる作用」2)として、冬の薬膳に用いられてもいる。オリーブ油、ニンニク、唐辛子でアヒージョにするのも身体を温め、滋養するのによい。4)また、干ししいたけを戻し、牡蠣と一緒に牛乳を加えて、ミルク煮にとするのも冬の養生によい。2)

調味料としての牡蠣 オイスターソース

 19世紀に中国で発明され、中華料理、特に広東料理、タイ、ベトナム、カンボジア料理に欠かせない調味料としてオイスターソースがある。野菜や面の炒めものに用いられている。
 中国では牡蛎は主に干物として売られ、牡蠣の干物には生牡蠣をそのまま干したものと、火を通してから干したものとの2種類がある。火を通してから作る牡蠣には、オイスターソースを作る過程でゆでた牡蠣が使われる。とろりとして粘り気があり、濃い茶色をしたオイスターソースは、独特の旨味がある。数百キログラムの牡蠣から20キログラムほどのオイスターソースができる。1)
 オイスターソースの製法は調味料の選択から様々である。牡蠣以外の成分を使用しないものもある。本格的なものになると、1年以上の熟成期間を要するものもある。牡蠣の身に塩を振り、洗ってゆでる。このゆで汁を濾して、さらにそこに新たな生牡蠣を加え、もう一度煮る。ソースが煮詰まらないように注意し、水を足しながら煮て、適当な濃さになったら大きな素焼きの鉢に入れて冷まし、陶器の壺に濾し入れる。壺にしっかり蓋をしたら、一年以上熟成させるというものがある。1)

広東料理と牡蠣

 中国では、広東、福建などで牡蠣の養殖が盛んである。干物の牡蠣は蠔豉(はおし)(蚝豉)と呼ばれ、広東地方の特産乾物である。広東省の珠江河口の香港、深圳、マカオを結ぶデルタ地帯では汽水域であり、牡蠣の養殖が宋代から盛んであった。6)
 ここでは生食よりも干した牡蠣が用いられる。中国の旧正月、春節には蠔豉髪菜という料理には欠かせない。蠔豉髪菜は、発財好市(商売繁盛)と発音が似ているために縁起がよいとされる。髪菜とはネンジュモの一種であるが、近年はあまり獲れず、モズクで代用されている場合もある。干し牡蠣、干し椎茸、干し豚バラ肉、髪菜を油で炒め、ネギ、生姜、ニンニク、砂糖、それにオイスターソースで味付けをしていくものである。

世界の牡蠣を救った日本の牡蠣

 アメリカ、ヨーロッパでは、日本の牡蠣が生食されている。もともとアメリカでは牡蠣が豊富に採れたが、需要の増加に対して、天然牡蠣の減少と自然の牡蠣床が消滅していった。そこで1902年に日本からマガキの種牡蠣が送られた。何種類かの牡蠣の中で宮崎県産のマガキが移植に成功した。第二次世界大戦後は日本も種牡蠣が不足したため、熊本県の種牡蠣で不足分を補った。1)
「日本が牡蛎の養殖で世界的に有名になったのは、食物史の中でも特に有名な2種類の牡蠣、マガキ(Crassostrea gigas)、クマモト(Crassostrea sikamea)を生み出したおかげだ。クマモト(シカメガキ)は九州の有明海や八代海で自生していた牡蠣だが、身が小ぶりなため、大きくて成長の速い牡蠣を好む日本人には人気がなかった。しかし、アメリカではこの牡蛎の繊細でほのかな味が好評で、たちまち絶大な人気を獲得した。」1)
 イギリスも何世紀もの間ヨーロッパにおける牡蛎大国であったが、第二次世界大戦後の牡蠣床の減少は深刻であった。種牡蠣として移植に成功したのはマガキであった。フランスでも20世紀のフランスではヨーロッパヒラガキ(C.edulis)にウィルス性の病気が蔓延し、絶滅に近い被害が出た。その際にも宮城県から種牡蠣が輸出されている。5)

牡蛎が住む環境と浄化機能

「牡蛎は繁殖する場所と時期に関する好むがうるさい。外洋では水が冷たすぎ、潮の動きが激しすぎる。湾や河口や岩礁のように、海水に少量の河川からの淡水が混ざった汽水域が牡蛎にとって好ましい。海水の適応塩分濃度はマガキでは7-32パーセントで、水温は少なくとも10度以上なくてはならない。1)5)
 牡蠣は、汽水域において海水を濾過して浄化するフィルターの役割を果たす。「見かけはただの灰色のかたまりにしか見えないが、牡蛎にも心臓や肺、腎臓などの器官や無色の血液がある。脳はないものの、海水を濾過して浄化するフィルターの役割を果たす驚くべき構造をもっている。」1)一日200-400リットルの海水を吸い込み、鰓で濾し取ったプランクトンを餌とし、口に合わないものは殻の外に放出する。1)6)海水から窒素も除去し、透明度を高めてくれる。
 現在では牡蠣殻そのものの水浄化作用にも注目が集まっている。

結語

 牡蛎は性転換するユニークな生態を有する生物で、2億3000年前に地球に存在し、少なくとも16万4000年前から人類の貴重な食料源となってきた。牡蛎は生食文化圏ではないヨーロッパでも古代ローマ時代より例外的に生食されてきた。東洋医学においては牡蛎の殻が薬用として用いられてきた。中国では、宋代より広東省で牡蛎の養殖が盛んであり、良く干し牡蠣にして用いられている。オイスターソースも牡蠣を干し牡蠣にするゆでる過程から生み出された調味料である。アメリカ、ヨーロッパで牡蛎が絶滅の危機にあったとき、日本の牡蠣が輸出され、牡蛎産業の復活に貢献した。

Abstact

Oysters are organisms with a unique ecology that changes sex, have existed on the earth since 230 million years ago, and have been a valuable food source for mankind since at least 164,000 years ago. Raw Oysters, since ancient Roman times, have been eaten exceptionally in Europe, which is not a raw food culture area.. In oriental medicine, oyster shells have been used for medicinal purposes. In China, oysters have been cultivated in Guangdong Province since the Song Dynasty and been often used in forms of dried oysters. Oyster sauce is a seasoning created from the process of boiling to make dried oysters in China. When oysters were in danger of extinction in the US and Europe, Japanese oysters were exported, contributing to the revival of the oyster industry.

参考文献

  1. キャロライン・ティリー著、大間知知子訳:食の図書館 牡蠣の歴史,原書房,2018
  2. 喩静 (監修), 植木もも子 (監修):増補新版 薬膳・漢方 食材&食べ合わせ手帖,西東社,2018
  3. Yasuoka N, Yusa YEffects of size and gregariousness on individual sex in a natural population of the Pacific oyster Crassostrea gigas, Journal of Molluscan Studies, Oxford University Press, 82 (4):485-491. (2016)
  4. 橋口亮、田中耕一郎、奈良和彦、千葉浩輝:薬膳と漢方の食材小事典,日本文芸社,2019
  5. 畠山重篤:牡蠣礼賛,文芸春秋,2006
  6. 梅津聡監修:おいしい牡蠣の本,笠倉出版社,2016