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日本の土壌と文化へのルーツ㊷ イタリア料理

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

“イタリア料理”とは?

 イタリア料理というとパスタ、ピッツァが思い浮かぶかもしれない。しかし、これは演出された一面に過ぎず、イタリア各地には他にも個性的な郷土料理が存在している。
 「中世からルネサンスにかけてのイタリアは「都市」の世界であり、都市が農村周辺を支配するとともに、まとめあげ、文化的な光をすみずみまで投げ掛けていた。2)」とあるように、イタリアは食文化を含め、地域による違いが大きく、各地の方言も多様である。1861年のイタリア統一時においても「イタリア語」を話せるのは、2.5%に過ぎなかったとされている。
 このような時代背景に生まれたP.アルトゥージは、1891年『La scienza in cucina e l'arte di mangiar bene』(俗称:アルトゥージの料理本)という料理本を出版する。この本の内容は、イタリア国内の貴族の厨房でのレシピと民間伝承されてきた郷土料理のレシピの双方を編集したものである。この書物は、イタリア国民の間に広まり、国民的な“イタリア料理”を作り上げる大きな力となっていく。
 この料理本が、貴族、農民を問わず広く読まれるようになった理由の一つとして、知識階級の書き言葉である古典ラテン語ではなく、当時の口語で書かれているという特徴がある。P.アルトゥージは、方言、専門用語、卑語、女性言葉なども「イタリア語」として、書物の中に記載し、イタリア語と地方の方言の橋渡しの役割を果たそうとしたとされている。2)このようなことができたのは、P.アルトゥージ自身が、幼少期よりイタリア各地を旅する中で気候風土、土地柄、民族、料理について精通していたこと、彼の生活圏と関係がある。

イタリアを二分するマッサ=セニガッリア線

 マッサ=セニガッリア線というイタリア半島を北部と中南部に分ける線がある。これは言語学的に非常に重要な境界線である。現在のイタリア語は境界線より中南部のトスカーナ州の言葉を基に作られている。一方、イタリア北部はフランス語に近く、言語学的には異なるとされている。
 P.アルトゥージは1820年にイタリア北部のフォルリンポポリ(エミリア・ロマーニャ州)に生まれ、1851年にフィレンツェ(トスカーナ州)に移った後、1911年までの生涯を過ごしていることから、イタリアを大きく二分する南北の言語の両方に触れていたことになる。
 その影響で、『La scienza in cucina e l'arte di mangiar bene』にも、トスカーナ州とエミリア・ロマーニャ州のレシピが多く紹介されている。アルトゥージの料理本は、南北の言語の違いも「イタリア語」の中に組み込みながら、地方料理に賢明な調剤をほどこし、それを国民レベルに広く再提示し各地の料理を統合し、さらに伝統的に社会階層で分かれていた農民料理、貴族料理などの振り分けを解消し、標準化したのである。2)
 出生地のエミリア・ロマーニャ州は、バルサミコ酢の産地である。バルサミコ酢は伝統的な技法で長い年月をかけてじっくりと熟成される芳醇な酢である。歴史は古く、中世には、すでに貴族や修道僧らが消化薬、殺菌剤、気付け薬として用いていたとされる。1)

ピエモンテ州 州都トリノ

 ピエモンテ州は、イタリア北西部に位置し、スイス、フランスとアルプス連峰を隔てて接している。現在の州都のトリノは、18~19世紀のサルデーニャ王国の首都であった。サルデーニャ王国の支配領域は、ピエモンテから、現在のフランス国境をまたいでモナコ、ニース、カンヌ一帯にまで及んでいた。そこで農民料理から貴族料理への洗練化が行われた料理がある。 
 フィナンツィエーラ(鶏の鶏冠、レバーや牛の胸腺肉など臓物の煮込み料理)はもともと農民が食べていた料理だが、トリュフ、ポルチーニ茸など高級な素材が加えられて、いつしか貴族やブルジョア層を象徴する一品となった。1)シチリアの伝統酒であるマルサラ酒を用いて煮込む。マルサラ酒は、ワインを作る過程でアルコールを追加して熟成させたもので、香り、甘味が強く、食後酒としても利用されている。
 「(註:フィナンツィエーラの歴史は)中世にさかのぼる。本来なら捨ててしまう雄鶏の鶏冠や肉垂(註:頬、顎に垂れさがる肉質の塊)、それに子牛の内臓や脳みそ、さらには睾丸や骨髄までを使った貧農のシンボルのような料理が、贅沢品に代わったのは、サヴォイア家(註:サルデーニャ王国を支配していた王家)が統一イタリア王国の首都をトリノと定めた1800年代のこと。」1)
 農民料理から貴族料理への洗練化には宮廷の料理人の工夫による。「君主の宮廷や裕福な貴族過程には、料理人がいた。料理人やその助手は、貴族のために料理するとはいえ、かならずしも上流の出とはかぎらず、自分の生まれ育った農村の食の習俗を宮廷に持ち込み、同輩同士で情報交換をし、先輩の調理人から習った技術や新しい調理器具を用いて、農村料理を貴族料理にしたのである。」2)
 現在では、イタリアにおいても材料が簡単に手に入らないという事情から、一般家庭ではほとんど作られなくなってしまい、レストランでもこの料理を出すところは数少なく、日本でも極限られたレストランでしか食べることはできない。現在、イタリアでスローフードの運動で見直されつつある料理でもある。
 スローフードの運動とは、「生産性ばかりを追求した結果、ほんとうに良い伝統の食材が姿を消しつつあるのではないか。その事実に気づいた数名の美食家たちが、1986年、ブラ(北イタリア、ピエモンテ州)の町で、“食文化を守る会”を結成したのが始まりとされる。」1)ピエモンテ州は、スローフード運動の本拠地なのである。
 その本拠地ブラの隣町であるアルバは、毎年白トリュフの産地で、世界白トリュフ見本市が開かれている。

東洋医学から観るフィナンツィエーラ

 東洋医学の眼で見れば、フィナンツィエーラは滋養強壮のような料理である。伝統医学には“以臓治臓”という考え方があり、東洋医学にもその流れがある。例えば、肝臓の病には他の動物の肝臓を薬として用いる方法である。
鹿(ろく)鞭(べん)(鹿の陰茎と睾丸)、海(かい)狗(く)腎(じん)(オットセイ、ゴマフアザラシなどの陰茎と睾丸)は、いずれも性機能低下に対して、インポテンツや不妊の分野の中で現在でも応用される生薬である。今ではあまり使われないが、犬、羊の睾丸、陰茎なども代用されきた。イタリアの貴族がこの機能を知っていたかは定かではないが、健常人が食しても性的な興奮を助長させる作用があるために晩餐の賑わいにはつながったかもしれない。東洋医学では、この種の生薬は一時的な強壮作用はあるものの、長期的には身体を傷めてしまうために慎重に用いている。
 骨髄、骨の中心部の髄は、髄を満たして骨を強くするという意味を有している。今は用いることができないが、虎の骨は骨折による骨の付きをよくするとされてきた。また、韓国料理のカムジャタンでは豚の背骨を用いた鍋であり、専門店に行けば今でも食べることができる。『本草綱目(ほんぞうこうもく)』という百科全書には、牛の髄を習慣的に食べていると寿命が延びるとも書かれている。
 鶏冠は、『本草綱目(ほんぞうこうもく)』にも3歳の雄鶏の鶏冠の血を用いるという記載がある。雄鶏として成長し、性的にも充実した時期は、性ホルモンの影響を受ける鶏冠の発達もよい。鶏冠の血は内臓以外に肌の血行が改善し温まるとされ、顔面神経麻痺の際には皮膚に外用されていた。鶏冠の形も目を引くが、鶏冠とは雄鶏の元気が集約された場所と考えられていたのである。また雌への性的なアピールや雄への威嚇という強さの示す極めて動物的な器官である。組成は全く異なるが、強壮薬としての鹿の角(鹿(ろく)茸(じょう)、鹿角)も雌を引き付けるシンボルである。

トスカーナ州 州都フィレンツェ

 トスカーナ州はイタリア中南部に位置し、ルネッサンスで反映したフィレンツェが州都である。P.アルトゥージが生涯の多くを過ごした土地であう。アペニン山脈が北東部を走り、西部はリグーリア海とティレニア海に面しているが、土地の大部分が丘と山岳地帯である。ここでトリッパという牛の胃を使った料理を紹介したい。
 「ピノキオ」は、イタリア人作家カルロ・コッロディによって19世紀後半に書かれた童話である。物語の中に当時のトスカーナの風景や生活の様子を織り込んでいる。たとえば、ピノキオがオオカミや猫と連れ立ってオステリア(居酒屋もしくは食堂)へ出かける場面では、食いしん坊の猫が、牛の胃を煮込んだトリッパを頼んでいる。1)

牛の4つの胃

 反芻動物である牛の胃は4つの胃から成る。それぞれ第一胃(こぶ胃: ミノ)、第二胃(蜂の巣胃: ハチノス)、第三胃(葉胃: センマイ)、第四胃(しわ胃: ギアラ)という。第1胃(ルーメン)は、肉厚の白色で、切り開いた形が蓑傘に似ていることから「ミノ」と呼ばれる。独特の臭みがあり、下処理(水洗いなど)をしないと食べることが出来ない。淡白な味わいだが、非常に固い部位でもある。第2胃(蜂の巣胃)は形状が「蜂の巣」に似ているのが名の由来である。第1胃のミノ同様、独特の臭みがあるので下処理は欠かせない。第3胃(葉胃)には、のセンマイという言葉は、内壁(ボツボツ状の襞)を現した「千葉(チョニョブ)」という朝鮮語が語源となっている。牛の第4胃(アボマズム)では、人間に胃に相当する器官で、赤みがかった色と程よい脂肪、濃厚な味わいが特徴とされている。
 特に第一胃は、150~250Lの容積を有して、食べた植物を貯留しながら、人間や動物が分解できない植物の繊維質を、第一胃内の微生物によって酢酸などの揮発性脂肪酸(VFA)とメタンへと分解することができる。揮発性脂肪酸は牛の栄養となる。

牛の胃の料理 トリッパ

 トリッパとは、牛の胃部を香味野菜やトマトと煮込み、クローブで香りづけしたものである。特に第一胃(ミノ)が上質とされてきた。「仕上げにバターとチーズ(パルミジャーノ・レッジャーノ)、胡椒を合わせるのが伝統的な調理法である。小さくカットしたトリッパは肉厚で、一時間以上も下茹でしてある。ぷくりと膨れて柔らかいのに、シャキ、シャキとした食感がある。パルミジャーノ・レッジャーノをかけたら、ぐっとまろやかになった。トリッパはイタリア各地で食べられていて、ローマでは、香りづけにミントの葉を使う。南のカラブリア地方では、トリッパにジャガイモとナスを合わせ、北のロンバルディア地方では、インゲン豆と一緒に調理されている。」1)
 ローマ風のトリッパであれば、ミントの葉が添えられている。牛の胃は日本人の胃には意外に重いため、ミントの清涼感があると食べやすい。第2胃(ハチノス)、第4胃を用いる場合もある。サルシッチャ(腸詰め)と合わせてのトマト煮込みや、サラダとして前菜のメニューにもなる。
 サラダにする際には、「トリッパは塊でゆで、そのまま汁に浸けて注文が入った時点で水気をふいて切れ、調味料をしっかりからませるのがポイント。ぎりぎりまでゆで汁に浸けておくことでゆで汁の野菜や赤ワインヴィネガーの風味がしみ込み、乾燥も防げる。トリッパの臭み消しに赤ワインヴィネガーを使うのはトスカーナ州の特徴。」3)とされている。
 店によって、トリッパの味は特徴がある。トリッパは定番メニューではないが、日本の多くのレストランで注文することができる。

チブレオ

 チブレオは、トスカーナを代表する料理で、鶏の鶏冠や内臓、睾丸を使うスープ煮である。これもトリッパのようにピノキオに登場する。こちらもピエモンテ州のフィナンツィエーラと同様に貴族の料理であり、現在で供給しているレストランが少ない。
 メディチ家に生まれ、後にフランス王妃となったカテリーナ・デ・メディチ(1519-1589)が好んだ一品ともされている。メディチ家は、ルネッサンス期のフィレンツェの実質的支配者であり、ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロなど多数の芸術家を支援し、ルネッサンス文化を育てたとされている。
「『この料理は仕上げが肝心なんだ。材料に火が通ったらできるだけ手早く卵黄とレモン汁を混ぜ合わせること』」、「卵黄が包むエレガントなとろとろなヴェールとレモンの酸味が臓物の臭みを消す」1)のように宮廷の厨房では見せ方や味付けの工夫が、料理を“貴族化”するためには必要なのである。 

鶏内金 鶏の胃をつかって消化力を高める。

 牛の胃ではないが、鶏の胃を使った漢方薬に鶏(けい)内金(ないきん)がある。鶏が食物意外に砂や小石も食べるていう性質が着目されて薬へとなっていった。鶏の胃は砂嚢と呼ばれ、食べたものをすりつぶす作用がある。歯をもたない鳥類は砂礫を飲み込んで、砂嚢中でそれらを歯の代わりとして、植物の種などの食べたものを砕き、消化の助けとしている。
 鶏(けい)内金(ないきん)は、消化力が低下して未消化物が停滞し、食用不振、げっぷ、嘔気、お腹の張りなどがある場合に用いられている。もう一つの使用法は、石を溶かすというもので、胆石や尿管結石に用いられてきた。

ヴェネト州 州都ヴェネツィア

 肉料理が続いた後は野菜に話を移してみよう。イタリア北東部に位置するヴェネト州の平野に丘陵が混じる内陸部では、ポー川やアディジェ川の豊かな水を活用して、トウモロコシや小麦、米、野菜、果物などの農作物栽培が行われている。特に水耕栽培で知られる赤い野菜ラディッキオ・ロッソ(赤いチコリ)は色合いも美しく、トレヴィーゾの特産物としてとして知られている。手間をかけた高級野菜であり、白いアスパラガスもここが産地である。1)
ラディッキオ・ロッソは、冬の花(フィオーレ・ディンヴェルノ)と呼ばれる野菜である。チコリの一種でアドリア海に面するデルタ地帯と内陸のヴェローナ周辺で作られる冬野菜だ。良質な地下水に恵まれ、水耕栽培に適した地域。
「一際目立つ、つやつやした紅白の葉は、まわりに華やぎを与えていた。葉牡丹のように丸いものと、細長い白菜のようなものがある。」1)
 11月から収穫されるタルディーヴォ(晩生種:葉が丸い)、9月から収穫されるプレーコチェ(早生種:葉が細長い)の二種類があり、プレーコチェが丸いもの、細長いのがタルディーヴォである。ともに冴さ冴えとして紅白の色合いが美しく、ほろ苦いのに甘みがあるのが特徴でシャキシャキとした歯ごたえがある。2)
「霜が降りると一段と味が美味しくなるんだ」のように霜が降りると葉が締まって、野菜の味が一段と増すのだという。2)屋外の畑では緑の葉野菜だが、収穫後、光合成を止めてさらに水耕栽培すると、あの赤い色が出る。
 東洋医学では厳しい冬の寒さで植物は収斂するとされるが、特に晩生種は自然界に反する耐寒性の強い生き物である。品種改良が進み、甘い野菜が出回っているが、もともと野菜は苦味のあるものが多い。東洋医学ではこの苦味は消炎、鎮静作用として非常に貴重な味である。タルディーヴォは苦味とともにほのかな甘みがあること、しゃきしゃきとして歯ごたえと、赤白の見栄えで食事を豊かなものにしてくれる。半熟玉子を絡めて食べると苦味が弱まってまろやかな味となる。チブレオと同様の工夫である。

結語

 イタリア料理というとパスタ、ピッツァが思い浮かぶかもしれない。しかし、これは演出された一面に過ぎず、イタリア各地には他にも個性的な郷土料理が存在している。国民的イタリア料理が完成するのに、P.アルトゥージの料理本が貢献している。イタリア半島を北部と中南部に分ける線をまたいで、イタリアの南北の貴族、農民の料理を編集した書物である。本章では、肉料理でも鶏の鶏冠、レバーや牛の胸腺肉、睾丸、骨髄など臓物の煮込み料理(フィナンツィエーラ)、牛の胃の煮込み(トリッパ)を挙げた。東洋医学では、睾丸、陰茎などの性器は鹿(ろく)鞭(べん)(鹿の陰茎と睾丸)、海(かい)狗(く)腎(じん)(オットセイ、ゴマフアザラシなどの陰茎と睾丸)は強壮剤である。また鶏の胃(砂嚢)は胃の消化力を高め、結石を溶かすとされてきた。

Abstact

When it comes to Italian cuisine, pasta and pizza may come to mind. However, this is just one aspect of the production, and there are other unique local dishes throughout Italy. To construct this Italian national cuisine, P.Artusi's cookbook has played a great role, in which he compiled the cuisine of Italian noblemen and peasants across the line that divides the Italian peninsula into the northern and southern parts. In this chapter, the meat dishes also include stewed dishes (Finanziera) such as chicken corolla, liver and beef thymus, testicles, bone marrow, and stewed beef stomachs (trippers). In Oriental medicine, the use of genitals such as testicles and penis are called Lùróng (deer’s), or Hǎigǒu shèn (fur seals and sesame seals’) and are regarded as tonic. Chicken stomachs (gizzards) have also been shown to increase stomach digestion and to dissolve stones.

参考文献

  1. 平松玲:イタリア美味礼賛、新潮社,2000
  2. 池上俊一:世界の食文化 イタリア,農文協,2003
  3. 柴田書店編:イタリアの地方料理 北から南まで280の料理,柴田書店,2011