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日本の土壌と文化へのルーツ① 稲
東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎
抗加齢学会雑誌『医と食』5(1)に掲載されたものです。
はじめに
稲は主食の米として、日本の食文化とは切っても切り離せないものである。稲は食用以外にも、漢方薬として多様な形で使用されている。例えば、粳(うるち)と糯(もち)の粘性の違い、発芽した種子、ひげ根など別の部分を使い分ける事で異なる薬効が期待できる。今回は漢方薬としての稲の使用法について紹介する。
~種子の芽で穀物の消化を助ける~

米の発芽
穀物の消化不良には穀物の種子の芽を出したものが使用される。生薬名を穀芽という。穀芽はイネ科イネ(Oryza sativa L.)のもみ殻を付けたまま発芽させた種子である。
植物が発芽する時には、貯蔵形態をとっている澱粉を自ら分解して利用できるようにするため、アミラーゼなどの炭水化物を分解する酵素が生み出される。そして、貯蔵された澱粉は、酵素により麦芽糖、ブドウ糖へと分解され、成長のための栄養素として植物全体に提供される。
植物が発芽する時には、貯蔵形態をとっている澱粉を自ら分解して利用できるようにするため、アミラーゼなどの炭水化物を分解する酵素が生み出される。そして、貯蔵された澱粉は、酵素により麦芽糖、ブドウ糖へと分解され、成長のための栄養素として植物全体に提供される。
一方、人体の消化管でも同様に、摂取した食物に対して多彩な消化活動が行われているが、これらの機能が低下すると、消化不良の状態となる。そこで用いられるのが、イネの種子の発芽した穀芽である。穀芽は、特に穀物の消化促進作用に優れている。
この利用法は、本来なら人体が行う消化活動の過程の一部を、植物に肩代わりしてもらい、その負担を減らすという発想である。穀芽の消化を助ける働きは、イネの種子中で行われている栄養素の分解過程をそのまま人体の消化管に持ち込むことで発揮されるのである。
他の穀物の芽についても、粟、黍、穀、麦、豆の芽を粉にして用いると、いずれも消化を助ける作用がある。1)
この利用法は、本来なら人体が行う消化活動の過程の一部を、植物に肩代わりしてもらい、その負担を減らすという発想である。穀芽の消化を助ける働きは、イネの種子中で行われている栄養素の分解過程をそのまま人体の消化管に持ち込むことで発揮されるのである。
他の穀物の芽についても、粟、黍、穀、麦、豆の芽を粉にして用いると、いずれも消化を助ける作用がある。1)
~粳米(うるち)と糯米(もち)の使い分け~
生薬で用いるのは、粳米(うるち米)と糯米(もち米)であるが、これらは粘性の強さによって区別されている。糯は粳よりも粘性が高い。粳米澱粉中にはアミロース約20%とアミロペクチン約80%が含まれる。アミロースは直鎖で分子量が小さく、熱水に溶け、アミロペクチンは分枝と分子量ともに多く、熱水に溶けない。アミロースは米を固くし、乾燥性を有し、アミロペクチンは米に粘性を生み出す。糯は、粳の突然変異種と考えられ、100%アミロペクチンである。2)アミロペクチンは吸水には粳米より時間がかかるものの、水分を一旦含むと膨張性があり、そのため腹もちがよい。
粳(うるち)と糯(もち)はいずれも消化機能を高めるが、粘性の相違がある。糯は粳に比べて消化しにくいために、小児や高齢者、病後消化機能が低下したものには粳の方がよい。一方、糯は虚弱な妊婦の胎動不安に用いられる、また、糯は、大麦芽汁と合わせて発酵糖化させた水飴(膠飴:こうい)とすると、消化器以外に、肺にもよく作用するように変化する。

膠飴 ~糯米(もちごめ)を発酵させたもの~
膠飴(こうい)はイネ科糯米(もちごめ)を大麦芽汁で発酵した水飴を濃縮したものに、さらに麦芽を加えて精製したアメである。膠飴は消化機能が低下して、食物からの栄養分を十分に吸収できない時に用いられる。東洋医学では、糯(もち)米は、粳米よりも消化機能を高める力は強いと考えられている。しかし、糯をそのまま用いると、粘性が強く、胃腸虚弱の場合には消化しにくい。そのため麦芽汁を用いて発酵させて、その弊害を少なくしているのである。大麦芽汁と混ぜることで、発酵という形で消化活動を一歩進め、より吸収しやすくしているのが膠飴である。また麦芽には気分を安定させる作用があり、漢方でも鬱した感情を解きほぐすのに用いる。西洋でも、鎮静作用は知られていて、ビール製造に用いられている。
2000年以上前より、膠飴は小建中湯、大建中湯の主要な構成生薬として記され、今、尚用いられている。小建中湯は消化機能低下を背景とした虚弱体質の改善に小児から高齢者まで幅広く用いられている。また、膠飴には消化管の攣急による疼痛を緩和する力や、虚弱体質の非炎症性の咳嗽に対する止咳作用もある。大建中湯はもともと体質的な冷えにより、消化活動、消化管運動ともに停滞した状態に用いられている。現在、大建中湯は術後腸閉塞の予防に頻用されている。これは、手術室、麻酔下という低温で代謝機能を落とした状態で開腹すると、術後には人為的な冷えが体内に生じてしまう環境にあることに着目したものである。そのため、本来の体質に関わらず、ほぼ全員に応用出来、有効性が発揮されているのである。
胃腸を守る ~粳米の粥~
粳米(こうべい)は、イネ科(Oryza sativa L.)イネ(うるち米)の種子である。
粘性が強い糯は、膠飴のように発酵させて、胃腸機能を一層強化したいときに用いられる。一方、粘性の弱い粳米(うるち米)は、熱感の強い場合、発熱時に使用される清熱剤や吸収しにくい生薬から胃腸を守るために使用されている。逆に粘性の強い糯は清熱剤の効果を減弱するとされ、この場合は不向きである。
粘性が強い糯は、膠飴のように発酵させて、胃腸機能を一層強化したいときに用いられる。一方、粘性の弱い粳米(うるち米)は、熱感の強い場合、発熱時に使用される清熱剤や吸収しにくい生薬から胃腸を守るために使用されている。逆に粘性の強い糯は清熱剤の効果を減弱するとされ、この場合は不向きである。
粳米を用いる処方には、白虎湯、麦門冬湯、附子粳米湯などがある。白虎湯は石膏という清熱作用がある鉱物薬を多く含んでいる。そのため、石膏の清熱作用により、胃腸が冷やされるのを防ぐために、粳米とともに煎じて粥状になったものを内服するのである。麦門冬湯も同様で、身体を冷やす性質のある麦門冬を大量に使うために、胃腸を粳米の粥によって暖め守る必要があるのである。
粳米は、虚弱な小児の感冒時にも用いられる。粳米を他の生薬とともに煎じ、粥のようにすすることで、発汗を促進し、水分を補給し、胃腸を暖め守り、また小児にとって飲みやすくなるのである。
粳米は、虚弱な小児の感冒時にも用いられる。粳米を他の生薬とともに煎じ、粥のようにすすることで、発汗を促進し、水分を補給し、胃腸を暖め守り、また小児にとって飲みやすくなるのである。
陳倉米 ~長期保存した粳米~
陳倉米とは、イネ科(Oryza sativa L.)イネ(うるち米)の種子を長い間蔵などで貯蔵させ、赤くなったものをいう。米の貯蔵は弥生時代から、貯蔵穴、続いて高床式倉庫に始まるが、古い事の利点は何であろうか?
『和漢三才図絵』1)によれば、陳倉米とは十年以上のものをいう。そのまま倉に保存すると暑く湿気の多い季節に虫がつくために、黄柏汁に浸して蒸す。すると味が淡くなり、胃腸虚弱でもより容易に消化されるように変化し、小児にもよい。また、時間の経った粳米は、新しい粳米の粥よりも胃腸への負担がさらに少なくなる。
胃腸機能が極度に低下し、膠飴、粳米も受け付けない場合には、陳倉米でも粥の上澄みだけを内服するとよい。必ずしも新米がよい訳でもなく、胃腸虚弱の場合には、古い米がより適する場合があるのである。
胃腸機能が極度に低下し、膠飴、粳米も受け付けない場合には、陳倉米でも粥の上澄みだけを内服するとよい。必ずしも新米がよい訳でもなく、胃腸虚弱の場合には、古い米がより適する場合があるのである。
糯稲根 ~汗を止める~
糯稲根(じゅとうこん)とは、糯稲(モチイネ)のひげ根である。糯米は粳米よりも湿を多く中に吸収し、離さないために膨張力があるために、止汗の際には糯が用いられる。イネ科の植物はひげ根が非常に発達している。ひげ根は硬い地表深く掘り進むことは出来ないが、地表面を広く覆い、広範囲の水分をかき集め、土壌表面の湿気を速やかに吸収する力がある。それを人体に用いると、体表の汗をよく処理し、止汗する力がある。
世界の主要穀物であるイネ科植物には止汗作用があり、東洋医学では、地中海農耕文化の小麦(浮小麦)、照葉樹林文化の稲(糯稲根)、新大陸農耕文化のトウモロコシ(玉米鬚)3)という、いずれも代表的な栽培穀物が用いられてきた。東洋医学では、東洋の穀物だけでなく、世界的な穀物を食料としてだけでなく、薬用として用いてきたことが分かる。
結語
稲は主食としての米だけでなく、薬用としても用いられてきた。病態に応じて粳と糯を使い分け、消化不良には稲の種子の芽が出たものを、汗を止めるのに稲のひげ根が用いられる。東洋医学では医食同源というが、日本の食文化の根幹をなす米はまさにその典型である。日本の食文化もまた東洋医学の知識に基づいてつくられているのである。

参考文献
1)寺島良安著,島田勇雄,竹島敦夫,樋口元巳訳注:和漢三才図会,東洋文庫(1991)
2)佐々木高明:照葉樹林文化とは何か 東アジアの森が生み出した文明,中央公論新社(2007)
3)中尾佐助:栽培植物と農耕の起源,岩波書店(1966)
2)佐々木高明:照葉樹林文化とは何か 東アジアの森が生み出した文明,中央公論新社(2007)
3)中尾佐助:栽培植物と農耕の起源,岩波書店(1966)
Abstract
Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol.1 Rice Plants; Oryza sativa L.
Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine
Rice plants are indispensable for Japanese food culture. Rice plants have been used in various ways from staple food to Japanese traditional medicines. Proper use of different varieties and different parts of the plants can elicit distinct medical effects necessary to treat certain conditions.
There are two types of rice: glutinous and non-glutinous, both of which have different medical effects due to their different viscosities. Moreover, each part of the plant has distinctive features. The germinated rice, whose seed contains enzymes that digests starches into sugars, can effectively aid digestion of grains. And the high water-absorbing nature of the fibrous roots can be used to treat excessive perspiration. The inherently unique characteristics of specific types and parts of the plants are used depending on the conditions of the patients and the diseases being treated.
Eastern medicine holds the idea that what you eat is what you are. Rice, an essential of Japanese food culture, embodies this very concept. Knowledge from Eastern medicine underlies and interweaves with Japanese food culture.
There are two types of rice: glutinous and non-glutinous, both of which have different medical effects due to their different viscosities. Moreover, each part of the plant has distinctive features. The germinated rice, whose seed contains enzymes that digests starches into sugars, can effectively aid digestion of grains. And the high water-absorbing nature of the fibrous roots can be used to treat excessive perspiration. The inherently unique characteristics of specific types and parts of the plants are used depending on the conditions of the patients and the diseases being treated.
Eastern medicine holds the idea that what you eat is what you are. Rice, an essential of Japanese food culture, embodies this very concept. Knowledge from Eastern medicine underlies and interweaves with Japanese food culture.
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