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日本の土壌と文化へのルーツ④ 辛みの香辛料

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

四川料理の辛さと食養生

四川料理といえば、麻婆豆腐や担担麺を思い浮かべる方も多いであろう。しかし、何故、このような辛いのであろうか?四川省では、唐辛子と山椒を多用する。唐辛子の辛さは辣(からい)、山椒のぴりっとした舌にしびれる辛さは麻(しびれる)と言われる。それにしても、ここまで辛くする理由は何であろう?
それは、東洋医学には、その土地の気候に合わせた食事をすることで健康が守られるという考え方があるためである。四川省の気候について、見てみよう。
四川省は長江上流の内陸に、省都の成都は標高700m程に位置する盆地である。成都の夏の気候は気温と湿気ともに高く、雲でつつまれ、曇りの日が多い。盆地の多湿は太陽の光にさらされることが少なく、じめじめして、“水滴が浮いている”と言われるほどだ。また、熱帯の高温多湿と違い、標高の高い四川では、四季を通じての気温差も、一日の気温変化も大きい。夏はうだるような暑さ、そして冬は湿気が身にしみる寒さが訪れる。このような気候では、十分に発汗できず、湿度の高い大気から影響を受けて、湿気を身体にためやすいと、東洋医学では考えられている。発汗する際に、皮膚は、気温が上がれば腠理(そうり:皮膚のきめ)を開いて発汗し、気温が下がると閉じて発汗を止める。しかし、湿度の高い四川では、より積極的に発汗しないと大気の湿気を身体に蓄積してしまうのである。身体に湿気が貯まり、気温がぐっと下がった時に起こりやすいのは、関節炎である。古来より、四川省では関節の疾患が多いとされ、それに対しての治療法が発達してきている。
食養生として、このような環境に対処するには、辛味を使う。最も代表的なものは唐辛子である。辛みは身体を温める作用、特に肺に働き、発汗を促進する。もう一つ大切なのは山椒でこちらは舌にしびれるような辛さを有する。肺、腎、特に胃腸を強力に温め、同時に殺虫作用をもつために、冷えて動きの低下した腸管、寄生虫疾患に用いられてきた。
湿気の多く、身体にも気持ちにも重さ、だるさをもたらす気候に対し、強い辛みを有する唐辛子、山椒は強壮剤としての働きもある。農業に従事しつづける気力を鼓舞するのである。
ラー油は、唐辛子、山椒、葱、ニンニクなどを、高温のゴマ油に通して作ったもので、これも四川料理には欠かせないものである。

唐辛子

新大陸のメキシコ原産とされ、ヨーロッパに伝わり、ポルトガル人の宣教師により伝えられたため、南蛮胡椒、漢方薬としての名前は蕃椒と呼ばれる。
そのため、原産地のメキシコでは、トウガラシがなくてはメキシコの食文化は成り立たないとされるほどである。メキシコで主要なトウガラシは(Capsicum annuum)であるが、多様な変異種がある。メキシコでは唐辛子メキシコ流のソースであるモーレは、その数種類のトウガラシを主体にしたさまざまな香辛料に野菜、クルミ、アーモンドなどをすりつぶし、ラードで炒めて煮込んだもので、非常に美味であるとされる。1)
唐辛子は食欲を増進し、ビタミンA、Cに富み、肉の臭気を消し、保存にも効果がある。辛みの本体はカプサイシンといわれる揮発性のフェノール化合物である。
遠路はるばる伝わった中国でも、四川省では非常によく使用されていて、保存食として、四川の泡菜(野菜を生姜、トウガラシ、山椒を塩水とともに漬け込んで作る発酵食品)、辣妹子(トウガラシの漬物)がある。韓国のキムチもまた、トウガラシを用いた代表的な保存食である。
日本に来た四川からの留学生を、久しぶりに四川料理を懐かしむのもよいだろうと思い、中華料理店に連れて行ったことがある。ともに火鍋を食べたが、「全く辛くない」と大いに不満げであった。確かに日本人の辛さに合わせた四川料理では全く物足りないのであろう。本場の四川で食べた山椒とラー油を用いた醤油系スープの担担麺は、夏の高温と多湿も加わって汗でびっしょりとなっただけでなく、日本人の私にとっては、最後の方は辛さで舌が麻痺してしまって味わうことが出来なかった。
広義の四川料理は、四川省だけでなく、雲南、後述する貴州省の料理を同系統としているが、それぞれに独自の特徴を有している。
四川省の南方に位置する雲南省は、省都の昆明でも海抜2000mの盆地にあり、南はベトナム、ラオス、ミャンマーと国境をもつ熱帯、西はチベット自治区の高山地帯が連なる。少数民族の多い省としても有名である。四川省以上に、雲南省では、朝から辛い料理で始まる。雲南名物の米線(米でつくった麺)に、朝から辣椒醤(とうがらしみそ)を大量に入れて食する。これも他の省から来た中国人や日本人にとっては、胃に非常にきつい。
貴州でも特に辛い名産品
貴州でも特に辛い名産品
肉厚の唐辛子の真っ赤な海の中に鶏肉が浮いている。一口で口の中は焼けるような辛さで充満した。

山椒

山椒の辛みは、果実ではなく、葉、樹皮、果皮にあるサンショオールによる。麻婆豆腐の麻(しびれる)というのは、山椒のぴりりとした辛さを指す。四川料理では山椒の果皮を香辛料として用いる。唐辛子と合わせて用いられ、お互いになくてはならない存在である。
本邦では山椒の葉を香味料として、吸い物に浮かべ、和風料理に添える。また、成熟する前の青い果実は青サンショウとして塩漬けにして蓄える。1)
山椒は、漢方薬では蜀椒と呼ぶ。現在、術後の腸閉塞防止によく用いられる大建中湯(だいけんちゅうとう)の中の4つの生薬(朝鮮人参、乾姜:乾燥した生姜、膠飴(こうい):水飴、蜀椒)の一つである。山椒には殺虫作用があり、古来より腸管内の寄生虫駆除に用いられてきた。
強力な辛みを有する唐辛子、山椒はいずれも、食事の重要な香辛料でありながら、漢方薬でも、身体を強力に温める“スパイス”としての薬効を発揮する。まさに医と食は切っても切れない関係にあるのである。シナモン(肉桂)、生姜、胡椒などの香辛料も同様に、身体の中を強く温める働きがあり、いずれも東洋医学では、温裏薬(裏:体内という意味、温裏:体内を温める)に分類されている。

貴州の酸味

貴州省は雲南省の東、四川省の東南に位置する、山岳地帯である。内陸部であるため、塩が手に入りにくかった。特に少数民族である苗族は漢民族と敵対して南方に逃れてきた経緯もあり、山々に潜み、他との交流をもつことが少なかったため、不足がちであった。塩は、労働の活力としてはなくてはならないものであるが、その代わりとして酸味を用いた。(中国の非常に寒い北方で特に塩味が好まれ、東洋医学的には、アンチエイジングの根本とされる“腎”と関係が深い。)酸味は、東洋医学的には身体を引き締めて、目覚めさせる作用がある。同時に過度の発汗を抑制する作用もある。貴州の気候も四川と同様、湿気が多く、発汗作用のある辛みが好まれるが、辛みと並んで豆腐などの発酵食品や酢を中心とした酸味を食事に用いるのが貴州料理の特徴である。
そのため、唐辛子と山椒を併用する四川料理の「麻辣」(しびれる辛さ)と表現されるのに対して、貴州料理では「酸辣」(すっぱく辛い)もしくは「香辣」(香り高く辛い)と表現される。
少数民族の中の苗(ミャオ)族は、特に貴州省の東方の山岳地帯に多く生活している。この辺りでは70%が少数民族で、漢民族は逆にここでは“少数民族”である。苗族は、非常に辛みに加えて、酸味を好んだ。その中に、「三天不吃酸、走路打蹿蹿」(三日すっぱいものを食べないと、歩く足がおぼつかなくなる)という民謡がある。このように酸味の身体を引き締め、目覚めさせる作用は、日々の生活上の労働にも非常に大切なものであったのである。
酸味を出すのに、野菜や米のとぎ汁を発酵させた酢を使用する。苗族の代表料理に、酸湯魚がある。唐辛子と酢のスープにトマトや魚を煮込んだ鍋である。真っ赤なスープで恐れをなすが、トウガラシ以外にトマトの赤味でもあり、見た目よりは辛くない。唐辛子の辛さは身体を心底から温め、酢の酸味が気持ちを引き締めるため、湿気と山岳地帯の急激な温度変化からくるけだるさを忘れることが出来る。また、酸味は、東洋医学でいう“肝”に関係が深く、ストレスを発散する働きがある。
省都の貴陽から南に約30㎞行くと、青岩古鎮という旧明王朝の軍事拠点の街がある。 この街の特産品に“双花醋”(醋は日本語でいう酢に意味)がある。醤油の濃い、少し赤味を帯びた色をしているが、酸味に加えて甘味、さらにほのかな香りがある。この双花醋を用いた豚足の煮込み料理は、辛いものの多い貴州料理の中でも、ほどよく酸っぱく、甘く、非常に日本人の口に合う。
双花酢
双花酢
酢の酸味とほのかな甘みと、香りのある青岩古鎮の特産物である。

貴州の辛み

中国の有名な諺に「四川人不怕辣,湖南人辣不怕,貴州人怕不辣」というものがある。「四川人は辛さを恐れず、湖南人は辛くても恐れず、貴州人は辛くないのを恐れる」という意味で、辛さが好きな三省の中でも、貴州人が最も辛いもの好きということが分かる。
重慶の料理として知られる“辣子鷄”も、肉厚の唐辛子で作ると“鷄辣角”という貴州の料理となる。大量の唐辛子に塩、ニンニク、生姜、塩などで水煮したのものだが、これは手のつけられない、歯肉が焼けるような辛さである。一つまみで限界であった。
ドクダミは、本邦でも至る所に生えて、駆除が難しい植物であるが、古来より貴重な民間薬でもあり、魚腥草という名の漢方薬である。腥はなまぐさいという意味で、魚のなまぐさいような臭いといわれるように独特の臭気を有し、茎と葉を用いる。殺菌作用があり、水虫(白癬菌)に民間薬として用いられてきた。漢方薬しては、肺の化膿性炎症に非常によいとされてきた。
そのドクダミの根を貴州省では、唐辛子と合えて、油で炒めて“凉拌折耳根”という料理にする。ドクダミの根は竹の節のような形をしており、食べると地上部と同様の臭気を有する。日本人には抵抗のある味かもしれない。貴州省ではSARSの時に肺を守るために、この料理は非常に食されたようである。
医食同源という考え方は中国では、毎日の食卓に非常に浸透しているのである。
ドクダミの炒め物
ドクダミの炒め物
ドクダミ(魚腥草)の独特の香りは、始めは抵抗があるが、慣れればまた食べたい味となる。根はタケノコともやしの両側面をもった歯ごたえと味である。

結語

代表的な中華料理の四川料理の辛さと東洋医学における辛さについて述べてみた。四川省の湿気の多い気候と発汗力のある辛味の役割は非常に密接な関係がある。また、広義の四川料理に含まれ、四川に隣接する雲南省、貴州省についても触れてみた。雲南省、貴州省は少数民族の多い省である。中でも、貴州の山岳地帯に生活する苗(ミャオ)族は、塩不足もあり、辛みに合わせて酢などの酸味をよく用いた。農耕でも狩猟でも日々の生活には活力が必要である。身体を温め代謝を鼓舞する辛みや、身体や精神を引き締め覚醒させる酸味が、その土地の気候に合わせて、人々の食文化に浸透しているのである。
このように食文化には、食材はもちろん、香辛料にもまた深い関係があるのである。

参考文献

1)菅洋:ものの人間と文化史119 有用植物,法政大学出版局(2004)

Abstract

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol.4;
Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol.4;
Sichuan cuisine, a style of Chinese cuisine, liberally uses hot spices. The distinctive usage of these spices can be explained from an eastern medicine (Kampo) perspective. Spices used in Sichuan foods are closely related to the climate there and in the proximate regions of Guizhou and Yunnan, which have cuisines similar to Sichuan style.
Sichuan lies in a highland basin where temperatures vary drastically and clouds covering the sky make the characteristic humid air. Capsicum annuum, an essential spice in Sichuan foods, raises perspiration inhibited in such climate conditions. Thus, eating foods spiced with Capsicum annuum helps maintain health.
The Miao people, one of many ethnic minorities in Guizhou, mix sourness with spiciness. Guizhou’s mountainous inland location limits access to salt. As an alternative, the Miao use vinegar. Eastern medicine considers sourness to reanimate the body and mind that are inactivated by the swing in mountain temperatures.
Sichuan cuisine integrates pungent and sour spices to help people adapt to their local environment. This practice is similar to an Eastern medicine concept that good health is promoted by a diet that aids the body in adjusting to its environment. Spices are not just assorted additives but inseparable ingredients of food culture. Clinical & Functional Nutriology 2013; 5(6) [200 words/ Word limits: 200 words]