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日本の土壌と文化へのルーツ⑤ 塩

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

中華料理の四大系統

中国国内には複数の系統の中華料理がある。その内容は土地の気候、よく収穫される産物に基づきながら、東洋医学の知識に基づいて、人々の健康に役立つように食材が組み合わされている。
中華料理の区分には、四つの大きな系統として分類するものとして、北京、山東の北方系、四川の西方系、上海、南京の東方系、広州の南方系という分け方がある。四川料理は、前回紹介したが、多湿で、晴れ間が少なく、気温差が激しいために、身体に湿気をためやすく、関節疾患を罹患しやすいとされてきた。このような環境に対して、料理に辛みを多用して身体の湿気を除去する、土地に合わせた食文化である。
今回は、北方系の料理に不可欠な塩味と羊肉について、紹介してみたい。

東洋医学の“腎”と塩味

中国北部の料理は、歴史の古い山東省の料理が基盤になっており、明代、清代の北京の宮廷料理にも大きな影響を及ぼした。山東省の料理は、魯菜と呼ばれる。魯は、春秋戦国時代には斉と呼ばれた国で、孔子の出身地でもある。
中国の北部は、氷点下どころか、外出して吹雪に会って道に迷うと身の危険が差し迫るくらい、過酷な寒さがある。そこでは塩味がよく用いられる。
日本でも冬の厳しい東北地方では、味噌、醤油の塩分濃度が高く、漬物、佃煮、魚の塩漬けなど塩を用いた郷土料理が多くみられる。1)寒い地方では塩分摂取量が多くなる傾向がある。
これには、東洋医学の腎という臓が密接に関係する。
東洋医学の腎は、尿を作る腎臓という以外にとても大切な意味を含んでいる。それは、アンチエイジングの臓という考え方で、精力、生殖、全身の活力と密接な関係があるとするものである。これらは、加齢とともに低下する。東洋医学の診察では、歯のぐらつき、髪の状態、骨の強さ、耳の聞こえなどの調子をよく問診し、腎の状態を推察する。これらの機能は腎の機能の強弱を反映する。そして、加齢とともに腎の機能が低下すると、身体は無意識にも腎を補おうとして、塩味をますます好むようになる。しかし、後述するように、東洋医学では、過度の塩味は血、心(臓)を損傷すると考えられている。
何故寒冷地には塩分摂取が多い傾向にあるのであろうか?塩気の多い食物は、身体を温める作用があるという説がある。それによれば、塩分を摂取すると、身体は寒さに耐える力を増強し、体内の冷えを防ぐことが出来るとする。東洋医学では、一般的に塩の性質は身体を冷やすとし、『医心方』食養篇2)では温めるとしている。諸説あるが、調理法や食材との組み合わせで変化するのかもしれない。
冬が到来すると、気温が低下し、日照時間も短くなってくる。体温を維持するために、東洋医学的では、寒さから守るために、他の季節と比較して、一層氣(エネルギー)を熱源として消耗すると考えられている。冬に腎の機能を補う味覚は鹹(塩味)である。そのため、寒冷地の冬場に塩味は、非常に大切なのである。冬の晩の寒い中、日本酒に漬物、塩辛というのは、適度であれば、身体を温め、腎を守るものとなる。
また、2000年前に書かれた東洋医学の医学書の『黄帝内経』(こうていだいけい)に、「鹹は血に走る(註:血液に作用し)、血病に多く鹹を食うこと無し。」3)書かれているように、過度の塩味は血液によく作用し、血を損傷し、巡りを悪化させるとされている。これは、現代の医学から見れば、一部は高血圧や動脈硬化を表していると考えられている。
塩魚を食べすぎると、身体に熱を生み、さらに腎に負担をかけ、血を損傷し、化膿性炎症を生じやすいとされている。
『黄帝内経』(こうていだいけい)では、塩味の過剰と疾患について以下のように述べている。
「(東方:当時の山東省辺り)では、魚と塩とを産出する地方であり、海浜にあって水に接近しています。東方の地域の人たちは、魚類をよく食べ、鹹味(塩味)を好み、この地方に安住して、魚塩を美食としています。しかし、魚類を多く食べますので、魚の性(註:性質)が火に属することにより、人は中に熱を累積するようになります。また、塩を多くとりますので、鹹(塩味)が血に走る(作用する)ことにより血液が消耗するようになります。そこで東方の地域の人たちは、いずれも皮膚の色は黒く、肌のきめは粗いのです。この地域では癰瘍(局所の化膿性炎症)の類の外科的疾病が多発します。」3)
皮膚の色は黒いとは、東洋医学的な瘀血(血の循環不良)や腎の機能低下を表している。淡水に住む魚と、塩水に住む魚は性質を異にする。この場合の魚は塩水のもので、血に作用し、浮腫を起こしやすい。逆に淡水の鯉は、口渇を止め、浮腫を改善するために用いられてきた。

塩味と苦味

東洋医学では、過度の塩味は、血液を損傷し、心という臓にも悪影響を与える。東洋医学的では、五臓六腑の中で、腎は心を制圧する関係とされ、塩分を取りすぎて腎に影響が出ると、それは心に及ぶとされている。塩分を過剰に摂取すると高血圧になるというのは、東洋医学的には心と腎の関係性の現れである。味覚において、適度な量の塩味は腎、苦味は心を守る。腎と心の悪循環を軽減するためには塩味に苦味を加えるとよいとされている。これは、苦味を有するにがりの入った塩は、精製された塩よりもよいことがわかる。ただ苦味は身体を冷やす性質があり、少量であればよいが、注意して用いる必要がある。

塩の貴重さ

塩が現在溢れている今では考えにくいが、海に囲まれた日本でも内陸では非常に不足しやすく、手に入りにくいのが塩であった。
宮本常一は、『塩の道』4)で以下のように述べている。
「塩のあるところには野獣が必ずやってきます」
「山の中で働いている人たちが小便をするのに、壺の中へしてはいけないといわれていたのは、壺へ小便が溜まると必ずオオカミが舐めにくるといわれていたからで、小便は必ず底の抜けたものへしなければなかったのです」4)
「塩というのは人間だけではなく、動物もこれをほしがっていたということが、各地に伝承で残っています。それで塩は夜運ぶことはほとんどなくて、日が暮れると必ずどこかで足を止めて、そして野宿する場合には火を焚く、これがきまりでした。それを破ったりすると、その翌日には野獣に牛の腹を食い破られていたというような事が少なくなかったようで、そういう危険をはらみながら塩が運ばれています。」4)
日本の内陸部では、人間だけでなく、動物も塩を渇望してやまなかった。

塩の薬効

『金匱要略』(きんきようりゃく)という内科、外科、婦人科などの臨床医学書には、塩が薬用として用いられている。戎塩(じゅうえん)と呼ばれ、中国の西北の新疆地区の岩塩が用いられていた。戎とは中国の西北地域を指す。吐血、歯痛、歯肉出血、血尿などの炎症を鎮め、止血する作用と、腎の機能を高め、利尿する作用がある。後者には茯苓塩戎湯(ぶくりょうえんじゅうとう)というものがある。いずれも、塩が血に作用し、適量であれば、腎を守るという性質を利用したものである。

冬の養生法

冬になると自然界は、成長の速度を落とす。柑橘系など冬に黄色い果実を一斉につけるものは例外的で、葉を落としたり、地上部を枯らしたり、地下の茎や根に栄養を貯蓄して、来るべき春に備える。動物でも、冬眠生活に入るものがある。冬は一年の中の休息の季節なのである。東洋医学でも、冬は早起きしすぎず、夜も早めに寝て、氣を消耗しないようにするという養生法がある。東洋医学では、漢方薬や鍼灸による治療よりも、食養生を含めた生活上の習慣の諸注意が未病を治療するために、重要視されている。そして、病気を治すよりも、病気を未然に防ぐことが、上医とされていた。
日本では、鹹味の食材として、塩、醤油、味噌の調味料や昆布、ひじき、あさり、もずく、海苔は、冬の腎の機能を守るために大切な食べ物である。腎には黒色の食べ物がよいとされており、これらにも黒色のものが多く含まれている。黒豆、黒木耳なども腎を補う作用がある。『医心方』食養篇2)には、塩味は、秋(立秋から霜降まで)と冬(立冬から大寒まで)には、食べてよいとされている。季節に応じて腎を守る時期に塩がある程度必要であることを述べている。

羊肉

極寒の地に欠かせない食材として、羊肉がある。東洋医学では、食物の中で体を冷やすものから、温めるものまで、寒、涼、温、熱と四つの性質に分類し、温めも冷ましもしないものを平と呼んでいる。動物の肉は、鷄肉、牛肉は温性、豚肉の平、鴨、馬肉の涼性などに性質が分けられている。羊肉は“大熱”の性質とされ、これらの肉の中でも最も身体を温める作用が強い。そのため、中国北部、モンゴルで多く食されてきた。犬肉も熱性が強く、強壮作用があるために、寒さの厳しい朝鮮半島では好まれた食材である。
羊肉は胃腸、腎を強力に温める作用があるために、寒冷地に住む冷え症の体質には非常に特に適している。逆に暑がりで、身体に熱がこもりがちな方には不向きな食材である。
羊肉を用いた漢方薬として、『金匱要略』(きんきようりゃく)の当帰生姜羊肉湯(とうきしょうきょうようにくとう)がある。羊肉に、生姜と当帰(とうき)を加えて、鍋のように煮たものである。産後の冷え、腹痛に用いられる処方である。産後の女性は、分娩、出産後の育児、授乳により体力を消耗し、冷えやすく、滋養成分が不足し、“血虚”(けっきょ)という状態になりやすい。そして、寒冷刺激がさらに体調を悪化させる。当帰は血を補う代表生薬であるが、羊肉もまた、血、滋養成分を補い、身体を強力に温める。
当帰生姜羊肉湯は、東洋医学に基づいているが、内容は漢方薬であり、かつ食材でもある。医食同源の精神に基づいて、食生活にも医療にも用いられているのである。

結語

中国北部の料理の特徴である塩味と、羊肉についての東洋医学的な背景について述べてみた。塩味は、血、腎と密接な関係があり、北方の厳しい寒さを乗り切るために不可欠な調味料であった。羊肉もまた、肉の中でも身体を強力に温める作用があり、中国北部、モンゴルでは、好まれた食材である。
このように食文化は、医学的知識に支えられ、その土地の気候を加味しながら、人々の健康に貢献してきた。食文化とは、医食同源であり、日々の料理から、特別な行事にまで、健康に加え、さらに味覚を楽しむという領域まで高められていった非常に高度な体系なのである。

参考文献

1)武鈴子:旬を食べる 和食薬膳のすすめ,家の光協会(2007)
2)丹波康頼著,粟島行春註:医心方 食養篇,三煌社(2003)
3)南京中医薬学院編,石田秀美監訳:現代語訳黄帝内経素問,東洋学術出版社(1991)
4)宮本常一:塩の道,講談社(1985)

Abstract

  • Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol.5;
  • Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine 2014
  • Clinical & Functional Nutriology 2014; 5(6) [200 words/ Word limits: 200 words]
  • Chinese cuisine boasts various styles. The tastes and ingredients vary across regions according to the local particular weather, based on traditional Eastern medicine. In Northern Chinese cuisine, one of these styles, characteristic salt and mutton help local people live healthily in severe cold weather.
  • Northern Chinese foods are salty. The kidney, a source of energy, is exacerbated by extreme coldness in the region. Salt boosts and restores kidney function and also nourishes the blood, protecting the body to survive the harsh winter. Salt is a key flavor in life in this region.
  • Another essential food is mutton, also popular in Mongolia. Classified as “very hot” for its energy properties, mutton, among all meat, most strongly warms up the body by heating digestive organs and kidney. A Kampo medicine using mutton with ginger has been used both as medicine and food.
  • Salt and mutton are vital foods and remedial resources in Northern China. By fitting the local climate where it grows and by absorbing traditional medical knowledge, food culture feeds us, promotes our health, and even amuses and flavors our lives with its luxurious nutrition and savoriness.