福井英理子医員がThe Royal Australian and New Zealand College of Psychiatrists年次総会に日本精神神経学会代表として派遣されました。
この度2023年5月28日から6月1日にかけて行われたThe Royal Australian and New Zealand College of Psychiatrists年次総会に、当講座の福井英理子医員が日本精神神経学会代表派遣者として参加しました。
7,936名の会員を有する王立オーストラリア・ニュージーランド精神医学会と日本精神神経学会は長年連携しており、お互いの年次総会に代表者を派遣して最新の精神医学に関する情報交換や人的交流を行っています。RANZCP2023におけるシンポジウムのテーマの1つが"Transcultural mental health"であり、厚生労働科学研究費補助金 障害者対策総合研究事業「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムにおける若年者等に対する早期相談・支援サービスの導入及び検証のための研究(研究課題番号: 22GC1001; 研究代表者 根本隆洋教授)(MEICISプロジェクト)」における、在留外国人支援活動がそのテーマに適うと考え、代表派遣事業に応募し採択されました。
シンポジウムでは、在日ラテンアメリカ人の民族アイデンティティに関する葛藤や、日本における外国人のメンタルヘルスの現状について発表し、多民族国家であるオーストラリアの現状を学び、外国人精神科医療の発展へのたくさんのヒントを得ることができました。
以下は、福井英理子先生の学会体験記です。
The Royal Australian and New Zealand College of Psychiatrists総会への代表派遣体験記
福井英理子
本大会の開催地であるパースは西海岸に位置するオーストラリア第4の都市で、地中海性気候に属し、年間を通して穏やかな気候と人々のあたたかさで知られています。到着した28日夜には西オーストラリア州立美術館にてウェルカムレセプションに参加し、PresidentであるVinay Lakra先生、Elizabeth Moore先生をはじめご参加の先生方と交流を持ちました。世界中の先生が一堂に会し歓談する機会を体験することができ、圧倒されるとともに大変刺激を受けました。本大会には、会場に1,800人、オンラインで450人の参加があったそうです。
翌日からはPlenary SessionsやSymposiumを聴講しました。国民の25%以上が海外で出生し、63の言語が使用され、45%の医療スタッフが海外で資格を取得しているというmulticulturalの根付いたオーストラリアならではの多彩な発表が展開され、カナダやイギリスから招待された先生の基調講演では、各国における移民や先住民族の現状、異文化適応、メンタルヘルスに関する取り組みを学びました。先住民族のメンタルヘルスについて、”Cultural Safety”というキーワードを多く耳にしました。講演を通して、Cultural Safetyは特定の文化に固有の権利、文化、伝統を認識し、保護し、継続的に向上させることを指し、医療従事者自身の文化観念が提供するサービスに潜在的に影響し、自身の偏見、態度、仮定、固定観念を認め、批判的意識を持って、内省、自己認識を続け対処することで、サービスを享受する者が「文化的に安全」と判断できるよう努めることが求められる、と考えました。多文化間精神医療において重要な文脈であり、外国人が暮らしやすい地域づくりの根幹にもなると感じます。
31日にはJoint JSPN/RANZCP symposium: transcultural mental health - lessons from Australia, New Zealand and Japanにて、若年日系ブラジル人のメンタルヘルスと民族アイデンティティの関連、そしてオーストラリアのheadspaceに発想を得たSODAの取り組みを発表しました。東邦大学医療センター佐倉病院・桂川先生がご発表された在留外国人の推移やメンタルヘルスの課題、そして関西医科大学精神神経科学教室・青木先生がご発表された日本の精神科医療の現状や特徴、オーストラリアとの比較についても大変示唆に富む内容で、本会のテーマである”NEW HORIZONS CONNECTED FUTURE” の通り、外国人の受入れがすすむ日本において今後の精神医学の発展を支えるシンポジウムであると感じました。演者の先生からお褒めの言葉をいただくことができたのも、一生忘れられない思い出です。RANZCPシンポジストの先生方からは、移民の精神障害に対するstigmaや、移住のプロセスを経たアイデンティティの希薄化、移住への葛藤と不確かな将来への不安や懸念、文化的疎外感など、evidenceとexperienceに基づいた知見を学ぶことができました。ディスカッションでは、聴衆から医療現場における多様な背景を持つスタッフとの関わりについてなど、実臨床で直面する課題について議論が展開されました。同日の州立博物館でのGala dinnerにも参加させていただき、学会期間を通してRANZCPの先生方や現地パースの方々のあたたかさに触れ、とても有意義な時間を過ごすことができました。
帰国日にはパースから電車で30分ほどの港町、Fremantleのheadspaceを訪問しました。突然の訪問にも拘らずスタッフの方が時間を割いて施設内を案内してくださり、利用者によるワークショップやクラウドファンディングの取り組みを拝見しました。14~18歳の若年者の利用が多く、genderやsexに関する相談が多いとのことで、思春期ならではの葛藤を相談できる大人が近くにいることで、若年者にとって適切な援助希求の場になっているように感じました。
今回が私にとって初めての国際学会参加であり、海外在住や留学の経験もない私が代表派遣者という大役を果たせるのか緊張と不安を感じていました。しかし派遣への応募の段階から根本教授に親身にご指導をいただき、その後も講座の諸先輩方の先生や出向先・港北病院の先生方にアドバイスやご高配を賜ったことで、順調に発表を終えることができました。また、桂川先生、青木先生には、発表の2か月程前から発表内容のみならずスライドのデザインまでとても丁寧にご指導をいただき、現地に赴いてからも常に気にかけていただいて、学会期間をご一緒させていただきました。多文化間精神医学の権威である桂川先生のお話をじっくりと伺う貴重な機会をいただき、パースの地で民族的マイノリティのメンタルヘルスウェルビーイングについてご教授をいただいたことが強く印象に残っています。オーストラリアに留学中の青木先生のご経験を伺う中で、母集団を離れ挑戦されていることに感銘を受けました。パースはシドニーやメルボルンと比べると在住日本人が少なく、短い滞在の中でもマイノリティとして生活することの困難さやゆらぎ、一方で非日常への高揚感も体験することができ、視野を広げることができた代えがたい経験となりました。
この経験を活かし、外国人の精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの実装に向けて、多文化間精神医療と講座の発展に寄与できるよう、精進してまいりたいと決意を新たにしました。最後になりましたが、このような光栄な機会をいただき、RANZCPの先生方をはじめ日本精神神経学会の先生方、東邦大学精神神経医学講座および港北病院の先生方、そして桂川先生、青木先生に心より御礼申し上げます。
<総会の様子>

