日本病院総合診療医学会雑誌 第17巻 第5号 2021年9月で巻頭言執筆の機会をいただきました。
学会誌の巻頭言を読んでくださる先生はそれほど多くないと思います。日本病院総合診療医学会雑誌 第17巻 第5号 2021年9月で巻頭言執筆の機会をいただき、通常の論文では書けないことを書いてしまいました。本音を言う機会は年齢を重ねるほどに少なくなり、本人も自己抑制的になります。青森の銘酒「八仙」を飲みながらの原稿です。何卒ご容赦ください。
文責: 瓜田 純久

総合診療は医学のリべラルアーツ!
東邦大学 総合診療・救急医学講座 瓜田 純久
会員の先生方が最前線で戦った新型コロナウイルス感染症ですが,日常生活や通常診療が大きく制限される状況が続いています。元来,医療人には道徳的信念や期待に反するような行為を強いられる状況への対応,診療の不確実性や告知など,医療者固有の葛藤や苦悩があり,これらがコロナ禍において増大し,修復困難な局面に何度も遭遇されたことと思います。多くの不条理を解決するため,当たり前と思っていることを改めて根底から問い直した方も多いことと思います。10 世紀後半のサレノス医学校を源流とする医学教育は,神学・法学・哲学に牽引されるようにボローニャ大学,パリ大学などへと広がりました。聴講のために学生が集まり誕生した大学ですが, 15 世紀の活版印刷の発明により本から学ぶことが可能となり,さらに産業革命の果実を得るため に技術者育成が急がれ,大学は衰退していった歴史があります。19 世紀,フンボルト大学が「人格陶冶」を掲げ,教育と研究を一体化させたゼミナール方式を取り入れ,大学が見直されます。医学 においても産業革命の原動力となったニュートン力学により,機械論的生理学が誕生し,経験的医療から科学的医学へと大きく転換します。フンボルト大学では人格陶冶の下,全人格教育を行うはずでしたが,視野の狭い専門研究者が多数誕生してしまいます。日本では産業革命の果実は軍需産業として速やかに受け入れられ,「明日役立つ学問」が推奨され,現在の産学連携,イノべーションに繋がります。国立大学では教養学部が廃止され,明確な理系優先路線が敷かれます。高度経済成 長を背景に,総合的知識を学ぶ姿勢を蔑視する風潮が広がり,科学者と教養文化との隔たりが大きくなりました。その姿勢が野放図に拡大した科学を生み出し,環境問題,遺伝子操作,核開発,石 油ショックなど,人類全体の危機に繋がったと痛烈に批判する哲学者もいます。多くの領域を学ぶことが理想とされたルネサンス期の全人格教育を見直し,基礎的教養を形づくり,人としての根幹部分をつくるリべラルアーツ教育が1970 年代から見直されています。しかし, 教養や基礎医学が削減されていく医学教育は,「人格陶冶」を目指すリべラルアーツ教育とは明らかに逆行しています。医学部教育では臨床実習優先となり,レジデント教育でも限られた疾患にエネルギーを集中する臓器別専門医教育が中心であり,フンボルト大学方式が色濃く反映されています。 臨床現場では見えない領域への理解が難しくなり,コミュニケーションエラーが生じやすくなって います。医学教育も未だ産業革命の熱狂の中にいるのかもしれません。
新型コロナウイルス感染診療において遭遇する多くの不条理な場面においても,複雑な背景を持つ患者さんへの医療を着実に実践する総合診療医は,リべラルアーツを担うことができる数少ない医療人であると,改めて痛感しています。幅広い領域からの投稿をお待ちしています。
新型コロナウイルス感染診療において遭遇する多くの不条理な場面においても,複雑な背景を持つ患者さんへの医療を着実に実践する総合診療医は,リべラルアーツを担うことができる数少ない医療人であると,改めて痛感しています。幅広い領域からの投稿をお待ちしています。