患者さんへ

メニュー

タコツボ症候群

疾患の概要

 心臓は筋肉の塊でできた臓器で、1日約7~10万回程度、規則正しく収縮と拡張を繰り返し、全身に血液を送り届ける働きをしています。しかし、この心臓の筋肉の収縮と拡張が、精神的、身体的ストレスを誘因とし、一過性に異常な心臓の収縮運動を生じる場合があります。1990年我が国で初めて報告された当疾患は、心臓の異常収縮が、心臓の基部は過剰に収縮し、逆に先のほうは全く収縮を生じず膨らむような形を呈することが多く、その形状がタコを捕獲する際に用いる「蛸壺」に似ていることから、「タコツボ症候群」と名付けられました。1)
図1:タコツボ症候群の左室造影検査所見
正常であれば収縮期に左心室全体が均等に収縮しますが、
タコツボ症候群では心基部()の過収縮、心尖部()の無収縮がみられます。

タコツボ症候群の原因

日本人での正確な発症率はわかっておりませんが、米国からの報告では年間5~10万例の発生が推定されております(人口約3億人に対して)。2)  いずれも身体的、精神的なストレスが先行することが特徴的であります。具体的には、手術による侵襲、脳出血、感染症、呼吸器疾患など様々な疾患に続いて生じる場合や、家族との死別、離婚、激しい口論、サプライズパーティーなど精神的なストレスに続いて生じる場合など、原因は多岐にわたりますが、はっきりとした誘因がない場合もあります。3)

病態

なぜこのような「蛸壺様」の異常収縮を呈するのかは、明確な機序はいまだ解明されておりません。ただ、有力な説として、「交感神経刺激による心筋障害説」が考えられております。
 心臓は、交感神経、副交感神経と呼ばれる自律神経で、自分の意思に関係なく脈を速くしたり遅くしたり、血圧を上げたり下げたりと、自動調整を行っております。先ほど述べた身体的、精神的ストレスが強くかかった時、交感神経が過剰に作用する場合があります。その交感神経の信号を心臓の筋肉が受け取るのですが、その受容体が、心臓の心尖部と心基部で密度が違うことからこの特徴的な異常収縮運動が生じると考えられております。4)
図2:タコツボ症候群の発症機構
タコツボ症候群の心臓エコー画像です。
心筋の交感神経受容体は、心臓の心尖部に多く、心基部に少ないことがわかっております。
交感神経刺激が過剰になると、心尖部の交感神経受容体に異常な興奮が生じ、心尖部に気絶心筋が生じます。この気絶心筋により特徴的な心筋の一過性の異常壁運動は形成される、と考えられています。

診断と治療

 自覚症状としては胸痛を呈することが多く、その他呼吸困難、動悸症状などもみられる場合もあります。検査としては、心電図検査にて異常所見が確認されます。(前胸部誘導におけるST上昇や陰性T波が多く、症例によってはQT延長所見もみられる。)血液検査にて心筋障害マーカーの数値が上昇している場合が多く、心臓エコー検査にて8~9割で「蛸壺様」の異常収縮(左室心尖部の無収縮、左室心基部での過収縮)が確認されます。3)
これらの症状、心電図、採血、心臓エコー検査での異常所見は、いずれも急性心筋梗塞発症時に類似します。そのため心筋梗塞を除外する目的で緊急心臓カテーテル検査の実施が重要となります。(※こちらについては「急性心筋梗塞」の項目で確認ください)
図3:左 タコツボ症候群  右 心筋梗塞(亜急性)
タコツボ症候群では広範囲な誘導にて心筋虚血様の心電図異常を示します。
その波形は心筋梗塞時の心電図波形と酷似します。
タコツボ症候群の発症急性期の治療としては、交感神経過剰となった原因と考えられる原疾患があればそちらの治療を並行して行いますが、原則、壁運動異常、心機能が回復するのを経過観察します。一般的には数日から数か月で異常な心収縮は正常化することがほとんどです。ただし、壁運動の異常が過剰に生じると、血圧が保てなくなり、全身の血液循環がまかなえなくなる心不全、心原生ショックと呼ばれる病態に陥ります。その他心臓の機能が止まるような致死的な不整脈の出現や、心臓の中に血栓を生じる場合や、非常に稀ですが最悪の場合には心臓が破裂する場合もあります。3)

再発予防

前述したとおり、タコツボ症候群は数日から数か月で異常な心収縮は正常化します。5年間での再発率は約5~22%とされています。3) 一般的な心疾患で用いる心保護薬(β遮断薬、ACE阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬など)の継続が予後を改善する可能性も示唆されておりますが、明確な答えは出ていません。 いずれにせよ、再発をさせないためには、身体的、精神的なストレス刺激を避けて生活していただくということが重要となります。3)

文責:戸谷俊介

参考文献

  1. Satoh H, Tateishi H, Ushida T, Kodama K, Haze K, Hon M. Takotsubo-Type Cardiomyopathy Due to Multivessel Spasm Clinical Aspects of Myocardial Injury: From Ischaemia to Heart Failure (in Japanese). Tokyo: Kagakuhyoironsya Co. (1990). p. 56–64.
  2. rinjikji W, El-Sayed AM, Salka S:In-hospital mortality among patients with takotsubo cardiomyopathy:a study of the National Inpatient Sample 2008 to 2009. Am Heart J 2012;164:215-221
  3. Lyon AR, Bossone E, Schneider B, et al:Current state of knowledge on Takotsubo syndrome:a position statement from the task force on Takotsubo syndrome of the Heart Failure Association of the European Society of Cardiology. Eur J Heart Fail 2016;18:8-2
  4. Paur H, et al : High levels of circulating epinephrine trigger apical cardiodepression in a β2-adrenergic receptor Gi-dependent manner : a new model of takotsubo cardiomyopathy. Circulation 126 : 697—706, 201
    ※ 自律神経〜初めて学ぶ方のためのマニュアル〜 中外医学社 タコツボ症候群他と急性脳疾患およびその他の疾患 p378~p382 戸谷俊介、清水一寛 より一部文章抜粋引用

お問い合わせ先

東邦大学医療センター
佐倉病院 循環器内科

〒285-8741
千葉県佐倉市下志津564-1
TEL:043-462-8811(代表)