医学部ニュース №155(2019.4.1発行)
診る(看る)からこそ学べることがある-新透析室開室に向けて-
2016年に赴任し3年、皆様から多くのご支援をいただき、新透析室の青写真が完成しました。ICUに隣接した急性期医療に対応可能な透析室です。東邦大学法人ならびに関係各位に心より感謝申し上げます。スタッフ共々尽力して参ります。
東邦大学医療センター佐倉病院には今まで透析室を作ることが叶わなかった歴史があります。赴任時の透析ベッドはICUの傍らにすでに古くなった医療機器とともに3床並んでいました。あまり使われていなかったようで、配管は人体に影響がない程度に汚れていました。開院以来、透析が必要な患者さんをあまり診療することなく、その3床は緊急避難的に使われていたようです。
東邦大学医療センター佐倉病院には今まで透析室を作ることが叶わなかった歴史があります。赴任時の透析ベッドはICUの傍らにすでに古くなった医療機器とともに3床並んでいました。あまり使われていなかったようで、配管は人体に影響がない程度に汚れていました。開院以来、透析が必要な患者さんをあまり診療することなく、その3床は緊急避難的に使われていたようです。

この3年間、よい環境とは言えない中、まず2床から始め、現3床で透析を行い、満床が続いています。
スタッフたちは慣れない業務を懸命にこなしてくれています。透析をして救える命があること、元気になる命があること、透析をしながら逞しく生きる命を経験しています。
スタッフたちは慣れない業務を懸命にこなしてくれています。透析をして救える命があること、元気になる命があること、透析をしながら逞しく生きる命を経験しています。
助ける方法があることは患者さんに寄り添うことを容易にします。その一方で、患者さんが透析導入直前にどんな思いでいるのか、患者さんが透析にならないためにもっとできることはなかったか、それぞれが学んでいます。
透析をしても助けられない命を、意識が戻らぬまま植物状態で透析が継続される命を、透析をしても人工呼吸器を外すことのできない命があることを経験しています。長く透析をして手足が壊疽し、痛みに苦しんでいるのに、「迷惑をかけてごめんね」と詫びる命を経験しています。いつになったら死ねるんだろう、透析をやめたらどれぐらいで死ねるだろうと苦しむ命を経験しています。
診る(看る)からこそ学びがあります。患者さんが腎臓を失っても生きることの価値を、腎臓の大切さを教えてくれています。
新しい透析室が完成します。今、腎不全医療のスタートラインにいます。これからの新しい世代のスタッフから、腎臓病診療に専心するよき医療人が輩出されることを私自身大いに楽しみにしております。
透析をしても助けられない命を、意識が戻らぬまま植物状態で透析が継続される命を、透析をしても人工呼吸器を外すことのできない命があることを経験しています。長く透析をして手足が壊疽し、痛みに苦しんでいるのに、「迷惑をかけてごめんね」と詫びる命を経験しています。いつになったら死ねるんだろう、透析をやめたらどれぐらいで死ねるだろうと苦しむ命を経験しています。
診る(看る)からこそ学びがあります。患者さんが腎臓を失っても生きることの価値を、腎臓の大切さを教えてくれています。
新しい透析室が完成します。今、腎不全医療のスタートラインにいます。これからの新しい世代のスタッフから、腎臓病診療に専心するよき医療人が輩出されることを私自身大いに楽しみにしております。