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鉄と老化および老化関連疾患

はじめに

ヒトをはじめとする多くの生物の様々な組織には、加齢に伴い異常生体高分子(DNA、タンパク質、脂質など)が蓄積してきます。 加齢に伴う生体高分子傷害は活性酸素の直接あるいは間接的な影響によると考えられていますが、そこには金属、特に鉄が深く関わっているようです。
ここでは、加齢に伴って起こる鉄蓄積とタンパク質分子傷害および寿命との関係について紹介します。

加齢に伴う鉄蓄積

加齢に伴う鉄蓄積は昆虫からヒトに至る多くの動物種の様々な組織で認められており、かなり一般化できる現象です。例えば、キイロショウジョウバエの鉄蓄積量は加齢に伴い増加し続け老齢期には若齢期の2~3倍に達します[図1]。同様な加齢に伴う鉄蓄積は、マウスの肝臓[図1]やラットの肝臓、脳、腎臓でも認められています。
図1
図1

ヒトの場合は加齢に伴う鉄蓄積の様子がショウジョウバエやマウスなどとは異なります。体内の鉄蓄積量(貯蔵鉄量)の指標される血清フェリチン量は、男性の場合は若齢期から中年期まで年齢とともに増加し、その後はほぼ一定となります。ところが、女性の場合は中高齢期まで血清フェリチン量は低い値を保っていますが、その後急激に増加します[図2]。この急激な血清フェリチン量の増加は、50歳ぐらいの女性にみられる閉経による影響です。
図2
図2

カルボニル化タンパク質と鉄

加齢に伴うタンパク質傷害は、多くの生理機能低下や様々な疾患の発症メカニズムを考える上で重要です。何故なら傷害を受けたDNAや脂質、それにタンパク質自身を修復あるいは分解除去し新たに合成するのはタンパク質(酵素)だからです。
酸化によるタンパク質傷害には、メチオニン残基のメチオンニンスルフォキシドへの変化、チロシン残基間での架橋反応、リシン、アルギニン残基などのアミノ酸側鎖のカルボニル化などが知られています。なかでもカルボニル化はタンパク質の酸化マーカーとしてよく用いられ、いろいろな動物種の組織タンパク質で加齢に伴い増加することが知られています。
タンパク質のカルボニル化反応には、鉄が関与していると考えられています[図3]。すなわち、加齢に伴う鉄蓄積がタンパク質のカルボニル化をさらに促進している可能性があるのです。
図3
図3

カルボニル化タンパク質は、タンパク質の直接的な酸化反応のほかにも脂質過酸化やグリケーション反応(非酵素的糖化反応)の生成物との反応でも生じる可能性があります。例えば、脂質過酸化物の分解反応により生じる反応性の高いアクロレイン、マロンジアルデヒド、4-ヒドロキシノネナールなどのアルデヒド類は、タンパク質のアミノ基やチオール基と反応し、カルボニル基をもつタンパク質となる可能性があります[図4]。
脂質過酸化やグリケーション反応は鉄の存在で亢進します。加齢に伴い蓄積した鉄は脂質過酸化やグリケーションの反応性を高め、それらの反応生成物が結合したカルボニル化タンパク質産生を高めていると考えられます。
図4
図4

寿命と鉄

鉄が寿命に与える影響についての研究はとても少ないです。1993年にMassieらは紅茶(テトリー茶)の抽出液(鉄吸収阻害成分であるタンニンなどを含む)をショウジョウバエに与え、寿命に対する影響を調べました。その結果、テトリー茶の抽出液を与えたショウジョウバエの総鉄量は生涯に渡り低いレベルを保ち続け、寿命が約1.2倍に延長することが明らかになりました。しかし、この実験からだけではテトリー茶の寿命延長効果が鉄吸収阻害の単独の効果よるものか、あるいは紅茶に含まれる他の成分による効果(例えば、タンニンを含めたカテキンなどのポリフェノール類による抗酸化作用など)によるものかは厳密な意味ではかわかりません。
最近、私達はマウスに低鉄飼料を離乳期後から与え続け、寿命にどのような影響があるかを調べました。その結果、低鉄飼料を与えたマウスの寿命が有意に延長しました。このように加齢に伴う鉄蓄積は、動物の寿命に対してマイナスに働いているようです。
図5
図5

おわりに

鉄はタンパク質以外にもDNAや脂質などの様々な細胞構成成分の酸化を加速することが知られています[図6]。 また、生体内への過剰の鉄蓄積は、ガンなどの病気のリスクを高めるとの報告があります。 加齢に伴う生体内への鉄蓄積は、動物の寿命に悪影響を与える一因となっていると思われますが、鉄と寿命についての最終的な結論に至るにはさらなる研究が必要です。
図6
図6

現代社会では、栄養補助食品などの普及で鉄の過剰摂取も懸念されています。 しかし、一方では偏食やダイエットによる鉄摂取不足による貧血等の健康障害が心配されています。 鉄の一日所要量である10mg(成人男性)~12mg(成人女性)(「第6次改定日本人の栄養所要量」に基づく)は、特に偏りの無い食事であれば問題なく摂取できる量です。 ところが、現実には20~50歳未満のかなりの日本人、特に女性の約50%は鉄不足の状態(血清フェリチン濃度を指標とした貯蔵鉄不足)にあるといわれています。 鉄不足は、からだの発育発達や生理機能に障害を与える場合があり、「鉄不足」も老化に深く関与している可能性があります。 すなわち、日頃から適切な量の鉄を摂取し、体内の鉄をある一定レベルに維持することが、健康の維持、さらには抗老化につながるものと思われます。 なお、すでに貧血などで鉄不足が指摘されている方はかかりつけの医師の指示に従ってください。ご心配な方は最寄りの医師、薬剤師、栄養士などにご相談ください。

参考文献

  1. 主に鉄の生体内での作用と実験動物に関した総説
    高橋良哉「微量元素と老化」Biomedical Research on Trace Elements 15 : 326-329, 2004.
  2. 主にヒトに関した総説
    横井克彦「鉄欠乏と老化の関連」Biomedical Research on Trace Elements 20 : 30-38, 2009.

(高橋良哉・福井<田中>ゆか)