トップページ > 研究紹介 > 最近研究成果の解説

お問い合わせ・連絡先

東邦大学理学部
生物分子科学科
永田研究室

〒274-8510
千葉県船橋市三山2-2-1

最近の研究成果の解説

 今年、私たちの「死細胞の応答に対する老化の影響」に関する研究が2報続けて学術雑誌に掲載されました。研究の宣伝も兼ねて、その内容を紹介したいと思います。

『自然免疫と老化との関わり』(序論)

 年を取ると、多くの臓器がその機能をうまく果たせなくなり、さまざまな病気に罹りやすくなるということは、普通に知られていることですし、概ね仕方のないことと思っていることでしょう。

 なぜ年を取ると、臓器の機能が低下するのでしょうか?

 近年、臓器の機能を低下させる原因の一つとして年を取ると臓器が慢性的な炎症を起こしやすい状態にあることが分かってきました。そして、炎症状態に曝されることによって臓器のさまざまな細胞は、機能を失ったり、適切に働かないことも分かってきました。

 では、なぜ年を取ると炎症を起こしやすくなるのでしょうか?
 
 この疑問に私は、一つの仮説を立てました。つまり、
 
 年を取ったとき、炎症が起こりやすくなることに死細胞の処理が関わっているのではないか?

 と。。。
 そのように考えるきっかけとなったのは、共同研究で長寿マウス(実際には、STS/Aという放射線抵抗性マウス)の解析に携わったことでした。長寿マウスの腹腔内マクロファージを調べてみると、普通のマウスに比べて細胞質がより大きく発達していること、さらに大きいだけでなく死細胞を活発に貪食することを発見しました。
 この結果から私は、
 
 「もしかしたら、年を取るとマクロファージの貪食能が衰え、年とともに日々生じるアポトーシス細胞の除去が遅れて、ネクローシス細胞による炎症が誘導されやすくなるのでは?それが起因となって年を取ると多臓器で機能不全が起こるのでは?」

これに対し

 「長寿マウスは、年を取ってもマクロファージがいつまでも活発に働き(残念ながら理由はまだ分かりません)、死細胞が体内に蓄積されないので炎症が起こりにくいのでは?だからいつもまでも健康でいられるでは?」

と推察しました。

※図では、マクロファージの細胞質を見やすくするために、赤い蛍光色素で染色して観察しています。


『【健康に老いる】を目指して』(論文内容紹介)

こんな推察の元、マクロファージの貪食能への老化の影響について調べました。健康であれば、アポトーシス細胞を体内で検出することは出来ないので、実験的に蛍光標識したアポトーシス細胞をマウスの腹腔内に投与し、残っているアポトーシス細胞を経時的に観察しました。その結果、若いマウスでは1時間程度で死細胞が腹腔内から消失するのに対し、老いたマウスでは1時間経っても死細胞はほとんど処理されていないことが分かりました。 
次に老いたマウスでアポトーシス細胞が残りやすい理由を調べるため、培養下でアポトーシス細胞に対するマクロファージの貪食能を若いマウスと老いたマウスで比べてみました。まず、それぞれマウスから取り出したマクロファージを緑色の蛍光色素で標識したのち、特殊なシャーレ内で培養しておきます。そこに別に調整した赤色の蛍光色素で標識したアポトーシス死細胞を添加し、一定時間共培養します。その後、貪食されていないアポトーシス細胞を除くと、マクロファージに貪食されたアポトーシス細胞のみが観察できます。その結果を下に載せました。これを見ても分かるように、老いたマクロファージは、アポトーシス細胞をほとんど貪食しなくなっていることが分かりました。
 これらの結果から、老いたマウスではマクロファージの貪食能が低下するためにアポトーシス細胞が体内に残留しやすいことが明らかとなりました。さらに論文では、残留したアポトーシス細胞の一部がネクローシスに陥り、おそらくそれが引き金となって老いたマウスで強い炎症が起こっていることも証明しています。
Geriatr. Gerontol. Int. 16: 135-142, 2016.
 
 一般的に、マクロファージや樹状細胞は、未熟なときに活発な貪食能をもち、活性化するとその貪食能を失うということが報告されています。そこで、若いマウスと老いたマウスから調整したマクロファージをDiff-Quick試薬で染色して観察しました。この方法では、核が濃く青く染まり、細胞質も薄く青く見えます。
 図からも分かるように、老いたマウスでは、矢印で示したような細胞質が大きく発達したマクロファージが多く観察されました。細胞が活発に活動していると、細胞質が大きく発達するので、老いたマウスのマクロファージは平常時から活性化状態にある可能性が考えられました。
 この可能性を証明するために続報では、①刺激に対して老いたマクロファージは若いマクロファージよりも過敏に反応し、多量の炎症性液性因子を放出すること、②若いマクロファージも実験的に活性化状態にすると、老いたマクロファージのように刺激に過敏に反応するようになることを示し、老いたマウスのマクロファージは、平常時から活性化状態にあることを明らかにしました。 
 さらに③老いたマウスでマクロファージが活性化状態にある理由の一つとして、加齢に伴う免疫系のバランス(ヘルパーT細胞のタイプ1および2のバランス)が関わっているかもしれないということを提唱しました。
Cellular Immunol. In press.

 今後は、「年を取ってもマクロファージが勝手に活性化しないように制御し、いつまでも貪食能を維持することが出来れば、死細胞が起因となるさまざまな病気の脅威から免れること出来る」のではないかと考えており、『健康に老いる』というテーマを少しでも実現したいと思っております。