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はじめに

 

私たちはショウジョウバエの脳を研究しています

私たちはショウジョウバエの脳ではたらく遺伝子の研究をしています。ヒトとショウジョウバエは生き物としての外見は大きく異なっていますが、共通の祖先に由来するDNA(遺伝子)を持っていて、DNAどうしを比較すると案外よく似ています。遺伝子のはたらきについて、ショウジョウバエを研究してわかったことの多くは、実際にヒトを含む哺乳類でも共通していることが、これまでの研究例から明らかになっています。それでは、ショウジョウバエの遺伝子の研究から何がわかるのでしょうか?

ハエの脳はヒトの脳の病気のモデルになる

ショウジョウバエは、ヒトの脳の病気の優れたモデルになります。ヒトの病気に関係する遺伝子のうちの70%以上はショウジョウバエにもあり、それらの遺伝子を研究することでヒトの病気についての重要な知見を得ることができます。また、ヒトで病気を引き起こす遺伝子を遺伝子組み換えの技術を使ってショウジョウバエに導入すると、ヒトの病気と似た症状を引き起こすことがあります。これらのショウジョウバエを、ヒトの病気のモデルとして、治療法や治療薬を開発するための実験に用いることができます。もちろん、ショウジョウバエの研究からわかったことがすべてヒトの病気に適用可能なわけではなく、よりヒトに近いマウスモデルを使った研究結果などと比較して検討していくことが重要です。しかしながら、ショウジョウバエは遺伝子の研究を行うために適した多くの特長を持っていますので、ショウジョウバエモデルを用いた脳の病気の研究は、病気を引き起こす遺伝子のはたらきを研究したり、新しい治療法を探索していくためのひとつの有用な手法として広く認められています。

ハエの脳の研究からヒトの知能の謎を明らかにできるか?

「ショウジョウバエでヒトの知能の研究をする」というのは、ばかげていると思われるかもしれません。確かに、ショウジョウバエにヒトと同様の知能があるとは思えません。それでは、ショウジョウバエを使って、ヒトの思考、感情、言語などを研究していくことはできないのでしょうか?
ヒトを含めた動物の脳の役割は大きく二つに分けられると思います。一つは、過去の経験から得た貴重な情報を記憶として蓄積する役割、もう一つは感覚器官から入ってきた情報を記憶と照らし合わせて判断を行い個体として最適な行動をとるための指令を出す役割です。ショウジョウバエの記憶については既によく調べられており、ヒトの脳の場合とよく似た遺伝子がはたらいていることがわかっています。これに対して、ショウジョウバエの判断についてはあまりよくわかっていません。ヒトの思考、感情、言語などはいずれも判断を行うために必要とされるものです。ショウジョウバエなどの昆虫の行動様式は実は非常に複雑精緻であり、単なる条件反射の組み合わせであるとは思えません。もしも、ショウジョウバエの脳にもある種の判断を行うためのシステムががあるとすれば、それを研究によって明らかにすることができるかもしれません。また、ショウジョウバエの判断のメカニズムをもしも明らかにすることができれば、ヒトの思考、感情、言語などが生み出されるしくみを解明する上で大きなヒントになるのではないか、と思っています。

なぜショウジョウバエの脳を研究するか?

なぜ私たちはショウジョウバエの研究をしているのか?その理由について、もう少し詳しく説明します。
ショウジョウバエはおよそ15000個、ヒトは数万個の遺伝子を持っていますが、ひとつひとつの遺伝子のはたらきを明らかにしていく生物学の一領域のことを分子生物学と言います。分子生物学では、実験をしやすい特徴を備えたいくつかの生物をモデル生物として用いて研究をしますが、ショウジョウバエは代表的なモデル生物のひとつです。ショウジョウバエは、遺伝子を研究するのに特に適したモデル生物です。遺伝子にさまざまな変異を導入してその効果を調べる実験を行うのに適しているからです。その特長が遺憾なく発揮された代表例が、1995年にノーベル医学・生理学賞を受賞した、ルイス、ニュスライン・フォルハルト、ヴィーシャウスらによる発生の研究です。一つの受精卵が細胞分裂を繰り返しながら、個々の細胞が徐々に個性を獲得していき、やがて秩序ある生き物の体がつくられていく過程のことを発生と言います。発生の過程を顕微鏡で観察すると、非常に多くの数の細胞による複雑な現象であることがわかります。しかしながら、ショウジョウバエを用いて、発生による形作りが異常になる変異体を詳しく研究した結果、発生の原理は、いくつかのグループに分類できる遺伝子のはたらきによって、実は予想されていたよりも単純なしくみによってコントロールされていることが明らかになりました。
この研究からわかった重要なことは、見かけ上非常に複雑な生命現象が実は比較的単純な遺伝子のはたらきによってコントロールされているということです。このことは、途方もなく複雑な脳の動作原理についても、きっと当てはまるのではないかと考えています。見かけ上複雑な生命現象について、まず初めに研究の手がかりとなる遺伝子を探し、それを丹念に調べていくことで重要な原理を明らかにしていく、というスタイルの研究を行うためには、ショウジョウバエが非常に適しています。ショウジョウバエは遺伝学的スクリーニングという実験手法を使うのに適した生物であり、この実験手法は生物学上のある問題・疑問に対して、誰も知らない新しい手がかりを探し出すための強力な手段になるからです。この手法を用いて新しい手がかりを探索する研究には、宝探しに似たおもしろさがあります。また、私たちのような小さな研究室にも、アイディアと工夫しだいで重要な手がかりを見つけ出すチャンスがあります。

DNAは脳の設計図である

ヒトのDNAには、一個の受精卵が赤ちゃんになりやがて大人になるために必要な情報が書き込まれています。ヒトのDNAはヒトの設計図としての役割を果たします。ヒトの脳は、ものを覚えたり、ものを考えたり、よろこびや悲しみなどの感情を感じたり、多くの重要な役割を担っていますが、なぜ脳がそれらの高度な機能を果たせるのかは、未だによくわかっていません。脳の機能には、経験によって後天的に獲得していく部分もありますが、DNAに記されている情報がそのすべての基礎にあります。たとえば、チンパンジーの子どもをどんなに訓練してもヒトと同じ知能を持つようにはなりません。DNA(遺伝子)についての人間の理解は最近数十年で飛躍的に深まりましたが、ヒトの脳の高度な機能が遺伝子によってどのようにコントロールされているのかは、未だに断片的なことしかわかっていません。現在の脳神経科学の大きな目標は、ヒトの脳が高度な機能を発揮するための動作原理を明らかにすることです。これが私たちの研究が目指す最終目標でもあります。
ヒトの脳の動作原理を明らかにするためにはさまざま戦略が考えられますが、私はDNAに記されている情報をきちんと解読できれば、ヒトの脳の基本原理も明らかになるのではないかと考えています。ヒトの脳には莫大な数(数百億個)の神経細胞があり、それらが莫大な数のシナプスを作り、個々のシナプスが精密な制御を受けており、それら莫大な数の要素のダイナミックなはたらきによって、記憶、思考、言語、感情などがコントロールされています。しかしながら、ヒトの脳の数百億個の神経細胞のはたらきは、設計図であるDNAに記されているたった数万個の遺伝子のはたらきによって支配されています。このたった数万個の遺伝子が、ヒトの脳が高度な機能を発揮するための設計図・説明書としての役割を果たしています。私たちの研究室は、脳の設計図・説明書であるDNAを解読することを目指していきたいと思っています。
2011年4月
曽根 雅紀