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yata: アルツハイマー病と神経変性をつなぐ分子

アルツハイマー病関連タンパク質の細胞内輸送をコントロールする

yata遺伝子の発見

神経細胞は非常に長い突起構造(軸索)を持ち、その末端で次の神経細胞とシナプスをつくって情報を伝えます。シナプスではたらくタンパク質の多くは、細胞体でつくられ、遠く離れたシナプスまで軸索を運ばれていきます。私たちは、シナプスではたらくタンパク質を輸送するメカニズムに興味を持ち、特に、HIGタンパク質とAPPタンパク質という二種類のタンパク質に特に着目しました。これらは、いずれもシナプスではたらくタンパク質ですが、蛹のある時期にはシナプスに運ばれるのに対して、別のある時期にはシナプスに運ばれなくなるという興味深い性質を示します。(蛹は成虫の脳の神経細胞ネットワークが作られる時期です。)私たちは、HIGおよびAPPタンパク質の輸送がどのように調節されているのかを調べていました。


この研究の過程で、私たちはhig遺伝子を改変してショウジョウバエのDNAに組み込んだ遺伝子組み換えショウジョウバエを作成しました。組み込んだ遺伝子は、DNAのどこかの場所に入り込むため、そこに元々あった遺伝子を壊してしまうことがあります。私たちは、HIGとAPPの関係を調べていたときに、このようにして偶然に壊れた遺伝子(後にyata遺伝子と名付けた)が実はAPPと関係のある遺伝子であることに気づきました。APP遺伝子とyata遺伝子がそれぞれ単独で壊れた変異体は複眼の形は正常であったのに対して、APPyataの両方が壊れた二重変異体は複眼の形が著しく異常になったからです。このような現象のことを遺伝的相互作用といい、遺伝的相互作用が観察されたということは、二つの遺伝子が機能的に密接な関連を持っていることを意味します。そこで、この二重変異体の複眼内部の構造を調べてみたところ、組織に多数の空胞が生じていることがわかりました。ヒトでは、APP遺伝子に変異が生じると、遺伝性のアルツハイマー病(神経変性疾患の一種)を引き起こす原因になります。二重変異体で観察された表現型が神経変性疾患のショウジョウバエモデルで見られる症状に似ていたことから、興味深いと考え、私たちはyata変異体をより詳しく調べてみることにしました。

yata遺伝子変異体の作成と神経変性類似症状の記載

はじめに偶然に作成されたyata変異では、DNA上のyata遺伝子の近くに人為的に組み込んだhig遺伝子が入ってしまった結果として、yata遺伝子が部分的に壊れていました。そこで、ある技術を使って、組み込んだhig遺伝子をもう一度取り除くとともに、yata遺伝子が完全に壊れた(DNAからyata遺伝子の配列の大部分が失われた)変異を新たに作成しました。


このようにして作成した、yata遺伝子が完全に壊れた変異(ヌル変異といいます)は、ホモ接合体でさまざまな表現型を引き起こしました。外部形態の異常としては、複眼の形がおかしくなっていました。また、稀に翅の形もおかしくなりました。複眼内部の形態を調べたところ、組織に空胞が生じており、この症状が進行性に悪化していくことがわかりました。また、脳の体積を測定したところ、脳が若干萎縮しており、進行性にさらに萎縮していくことがわかりました。さらに、寿命が著しく短縮していました。野生型のハエの寿命は2ヶ月から3ヶ月ですが、yata変異体は成虫になってから早い時期に死んでいき、2週間で半数以上の個体が死亡しました。


以上のことから、yata変異体は神経変性類似症状(組織の進行性空胞変性、進行性脳萎縮、個体の早期死亡)を呈することがわかりました。

yataとアルツハイマー病分子の相互作用

当初、yataAPP(アルツハイマー病の原因となる分子)の間に遺伝的相互作用がみられていたため、作成したyataヌル変異を用いて、APPとの遺伝的相互作用を改めて調べました。


yata変異ホモ接合体は進行性に脳が萎縮しますが、APP遺伝子の量を増やしたところ脳萎縮がより軽度になり、また逆にAPP遺伝子の量を減らしたところ脳萎縮がより重度になりました。yata変異ホモ接合体は寿命が短くなりますが、APP遺伝子の量を増やしたところ寿命が延び、逆にAPP遺伝子の量を減らしたところ寿命がより短くなりました。


これらのことから、yata変異の表現型はAPP遺伝子の量によって大きく影響されることがわかりました。このことから、APP遺伝子のはたらきに何らかの異常が生じたことが、yata変異表現型の原因になっていることが予想されました。それでは、yata変異体では、APP遺伝子のはたらきにどのような異常が生じているのか、を次に調べることにしました。

yataはアルツハイマー病分子の細胞内輸送をコントロールする

いろいろと調べた結果、yata変異体ではAPPタンパク質の細胞内輸送が異常になっているらしい、ということがわかってきました。神経細胞は非常に長い突起構造(軸索)を持ち、その末端で次の神経細胞とシナプスをつくって情報を伝えます。シナプスではたらくタンパク質の多くは、細胞体でつくられ、遠く離れたシナプスまで軸索を運ばれていきます。私たちは、目印のついたAPPタンパク質が熱によって発現誘導される遺伝子組み換えショウジョウバエを作成しました。ハエの入ったチューブをお湯につけることによってAPPの合成をスタートさせてから時間経過を追ってAPPのシナプスへの運ばれ方を調べたところ、yata変異体ではAPPが運ばれるスピードが遅くなっていることがわかりました。


しかしながら、人為的に作らせたAPPタンパク質は、本来細胞が持っているAPPタンパク質とは異なったふるまいをする可能性もあります。そこで本来細胞が持っているAPPのふるまいを調べるために、APPタンパク質に対する抗体を作成しました。抗体を作成して調べてみたところ、yata変異体ではAPPタンパク質が、作られる場所である細胞体にたまってしまっていることを示すはっきりとした結果が観察されました。このことから、yataがAPPのシナプスへの輸送をコントロールする分子であることがわかりました。
参考文献:
Loss of yata, a novel gene regulating the subcellular localization of APPL, induces deterioration of neural tissues and lifespan shortening.
Masaki Sone, Atsuko Uchida, Ayumi Komatsu, Emiko Suzuki, Ikue Ibuki, Megumi Asada, Hiroki Shiwaku, Takuya Tamura, Mikio Hoshino, Hitoshi Okazawa, Yo-ichi Nabeshima
PLoS One, 4, e4466 (2009).

Journal Link

yata変異体はなぜ神経変性を起こすのか?

それでは、yata変異体でAPPタンパク質がシナプスにうまく運ばれなくなると、どうして神経変性に似た症状が起きるのでしょうか?また、yata変異体で起きていることは、アルツハイマー病とどのような関係があるのでしょうか?現在私たちは、いくつかの手段を用いて、この疑問に取り組んでいます。