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留学体験記  有本絵莉

 

私がダブルディグリープログラム(DDP)に参加した理由は、大きく分けて3つあります。
1つ目は、新しい研究テーマに取り組める機会であったためです。修士課程では、学部時代の研究テーマを引き継ぎ、掘り下げていくことが大半だと思います。そのため、新しい研究テーマを行う機会は殆どありません。DDPは、新たなことに挑戦できる貴重な機会だと感じました。
2つ目は、「研究」と「留学」に共通点があると感じていたためです。
未知の問題・困難な条件下で、問題に対し、どのようにアプローチし、解決していくかという点に共通点を感じ、その力をより培いたいと考えました。
3つ目は、幼い頃から海外に興味があり、海外で勉強することは私にとっての夢だったからです。DDPは、国が推進する5年間限定のプログラムで、私はDDPに参加できる最後の代でした。そのことも、参加の後押しになったと思います。

Lilleはフランス北部に位置し、ベルギーとの国境沿いにあります。また、Lilleは多くの大学がある学園都市でもありました。
大学内で日本語を勉強しているフランス人学生の授業にお邪魔させてもらったり、日仏交流会に積極的に参加したりしていました。このような交流が持てたのも、学生の多いLilleだからこその経験だったと思います。

Lille Europe駅からは、国際列車であるEurostarが発着するので、BrusselやLondonなど気軽に他国へ行くことが可能でした。日本では、列車で国境を越える体験は出来ないため、とても不思議な感覚でした。

また、フランスは英語が第一言語ではないため、銀行やお店に行っても、英語が通じないことが多くありました。
どのお店にも英語で対応してくれる人は必ず1人はいますが、いつも勤務しているとは限りません。
「英語は話せないよ」と言われることが殆どでしたが、フランス語で書いたメモを用意したり、英語で身振り手振りを交えて話すと、相手も対応してくれました。その時、私は英語で、相手はフランス語でコミュニケーションを取っていました。言葉は分かりませんでしたが、お互いに言おうとしていることは伝わっていました。

留学前は、フランス人は「素っ気ない」という印象を持っていましたが、自発的に行動を起こすと相手も一生懸命に対応をしてくれました。
フランスは、日本のように何もかもが便利で安全とは言い難い国なので、お互いが助け合って暮らしているのだと感じました。

留学中は、大学内にある学生寮で生活をしていました。
その学生寮は、海外留学生専用で、寮の中では様々な言葉が飛び交っていました。
平日は、学生寮の勉強部屋で夜遅くまでレポートを書いている人が多くいました。休日は、ラウンジで談笑している人、中庭でサッカーやラグビーをしている人、部屋の窓を開けて歌っている人など思い思いに過ごしていました。
Lilleは緯度が高いため、夏は22時頃まで明るく、1日がとても長く感じました。
22時を過ぎると薄暗くなってくるため、サッカーやラグビーをしている人たちの声が小さくなってきて、「そろそろ22時過ぎかな」とだいたいの時間が分かりました。

研究室にはPhDや修士課程の学生が多く在籍していました。
修士課程の学生には、必ずPhDが1人付き、マンツーマンで指導を行ってくれました。学業だけでなく、困ったことがあった時は相談に乗ってくれ、勉学に励む環境は、とても充実していたと思います。

研究室の中は基本的に英語でしたが、私以外の学生は幼い頃にフランスに移住してきた人が多かったため、英語もフランス語も話せる人がほとんどでした。フランス語は全く話せず、英語も不自由だった私に、ラボメンバーは根気強く付き合ってくれました。

帰国が近づくにつれ、修論・プレゼン発表・就職活動等こなしていかなければならない事が重なったことで、いつも険しい顔をしていた時期がありました。
その時にラボの友人が「実験データも大切だけど、これから自分が何をしたいのか、どのような人になりたいのかの方が重要だと思うよ」と言ってくれた言葉がとても印象的で、今でも心に残っています。

10ヶ月という留学期間は、本当にあっという間でした。
フランスでの生活にも慣れ、簡単な単語であればフランス語も少し分かってきた時期での帰国だったため、「もう少し滞在したい」という名残惜しい気持ちでした。
フランス留学は学業だけでなく、色々なことを体験することができた貴重な経験でした。特に、自分の弱いところと何度も向かい合ったことで、自分を見つめ直すきっかけにもなりました。
自分の言いたいことを言葉に出来ない、実験が上手く進まないこともあり、海外で学位を修めることは本当に大変でしたが、それだけ得られたものは大きかったと思います。