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東邦大学理学部
生物分子科学科
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研究紹介

 

研究の目的

複雑で高度に秩序化された生体内反応を制御するために,生体はさまざまな情報をやり取りしています。この過程をより深く理解するためには,情報のやり取りに関与する分子が,いつ,どこで,どのように働くかを明らかにすることが必要です。しかし従来の方法論だけでは、この素過程を生理的条件に近い時間および空間分解能で再現して解析することは困難でした。蛍光プローブによるリアルタイム可視化解析の進展は,このような解析を可能にする強力な方法論を提供しつつあります。このような状況下で,生理機能の発言に関与する分子同士の相互作用を,できるだけ生理的環境に近い条件で再現する手法の重要性はますます高まりつつあります。そこで,ケージド化合物(Caged Compound)の化学を活用して,細胞内あるいは細胞間での情報のやり取りを,高い時間および空間分解能で光制御する手法の開発を目的として研究を行っています。

ケージド化合物とは?

ケージド化合物とは,化学修飾によって,その機能を一時的にマスクした分子のことです。生理機能を檻(cage)に閉じ込めて鍵を掛けた化合物という意味でケージド(caged)化合物と呼ばれています。檻の鍵は光で開くので(ケージ解除 uncaging),光ではたらくスイッチ付き分子とみなすことができます。生理機能をOFFにしたケージド化合物を生きた細胞や組織あるいは生物個体にあらかじめ導入しておけば,光照射した部位に瞬時に目的分子(生理活性)の出現が期待されます。これまでの国内外の開発研究により,培養細胞および組織切片試料を用いれば,神経伝達,細胞内シグナル伝達,遺伝子の機能発現等の生理機能を高い時空間分解能で光制御可能になってきました。
ケージド化合物
ケージド化合物の合成に利用できる光分解性保護基としては,2-ニトロベンジル基が知られていて,すでにいくつかのセカンドメッセンジャー,神経伝達物質,およびペプチド等のケージド化合物合成に利用されています。しかし,光反応の効率が低い,ケージ解除の反応速度が遅い,ケージ解除後の副生成物に毒性がある等の問題点も指摘されています。また,ケージド化合物として現在手に入れることができる分子の種類は非常に限られているため,誰でも簡単に自分の系に適用するまでには至っていないのが現状です。そこで,私たちのグループでは,これまでに報告されているケージド化合物の問題点を解決するべく研究を進め,新しい光分解性保護基(ケージ)をいくつか開発してきました。中でも、Bhc基(6-Bromo-7-hydroxycoumarin-4-ylmethyl基)は,従来のものに比べて様々な点で優れていることが明らかとなってきました。ケージとしてのBhc基は、
・修飾できる官能基の種類が多い
・紫外光によるケージ解除の効率が高い
・中性水溶液中,暗所で,実用的な安定性を示す
・2光子励起を利用することで近赤外光によるケージ解除が可能である
・簡単な修飾を施すことで様々な方法で細胞内に導入することができる
などの特徴をもちます。

解決が望まれる問題点

解決が望まれる問題点もあります。ケージド化合物は人工的に合成した有機化合物で,タンパク質のように遺伝子でコードされている訳ではありません。よって,目的の細胞,組織,あるいは細胞内小器官のターゲティングは容易には実現できません。培養細胞や組織切片であれば,顕微鏡を用いて光で狙いをつけることができます(高い時空間分解能の実現)。しかし,自由に運動する個体の任意の細胞を光で狙うことはできないので,モデル生物も含めて個体での利用は著しく制限されます。ケージド化合物を運動するモデル生物に適用して,高い時空間分解能で細胞内シグナル伝達の光制御を実現することは,現状では困難です。
そこで,我々のグループで開発したクマリン型ケージド化合物に遺伝子指向性(Gene-directed targeting) の手法を組み合わせて,この問題の解決を図っています。以下に最近の成果を示します。

1.遺伝子指向性ケージド化合物の開発

Design and synthesis of gene-directed caged cyclic nucleotides exhibiting cell type selectivity A. Z. Suzuki, T. Sakano, H. Sasaki, R. Watahiki, M. Sone, K. Horikawa and T. Furuta, Chem. Commun., 2021, 57, 5630-5633.

概要:特定の酵素を発現する細胞内だけで光活性化できる“Lock-and-Key”型のケージド化合物を着想した。目的細胞に目印を付けるKey酵素に大腸菌の-ガラクトシダーゼ(β-Gal)を選び,紫色光照射によってβ-Gal発現細胞内だけでケージ解除できるGal-Bhcケージド環状ヌクレオチドを開発した。目的細胞をKey酵素遺伝子でターゲティングすることで,“Lock-and-Key”型ケージド化合物にターゲティング能を付与したと見なすことができる。β-Gal遺伝子(lac Z)を導入した哺乳動物培養細胞を用いて,遺伝子指向性ケージド化合物のコンセプトを実証した。

Design and Synthesis of Gene-directed Caged Compounds toward Photopharmacology T. Furuta, Yakugaku Zasshi, 2022, 142, 495-502.

概要:Lock-and-Key型ケージド化合物とリガンド結合型ケージド化合物を利用して,抗がん剤等の薬理活性を持つ分子のケージド化合物にターゲティング能を付与した。光で薬理活性を制御する光薬理学(Photopaharmacology)に,ケージド化合物を応用する道が開けた。

2.モジュール化したケージド化合物の開発

ケージド化合物にターゲティング能,水溶性,細胞膜透過性などの機能を付与して高機能化できれば,生理機能の光制御手法としての有用性が向上する。光薬理学を可能にする要素技術としての応用範囲も拡張できる。高機能化するためには一つずつ化学合成する必要がある。しかし,ケージド化合物のユーザーにとって有機合成はハードルが高く,容易には実行できない問題点があった。そこで,用途に応じて様々な付加価値を持つ多機能性ケージド化合物を簡単に合成できる方法を開発することにした。

Design, synthesis, and photochemistry of modular caging groups for photoreleasable nucleotides T. Furuta, K. Manabe, A. Teraoka, K. Murakoshi, A. Ohtsubo and A. Suzuki, Org. Lett., 2012, 14, 6182-6185.

概要:Bhcケージド化合物をモジュール化することで,目的細胞へのターゲティング能や細胞膜透過性などの機能を備えた高付加価値型ケージド化合物を容易に調製する方法を開発した。 

Preparation and affinity-based purification of caged linear DNA for light-controlled gene expression in mammalian cells A. Teraoka, K. Murakoshi, K. Fukamauchi, A. Z. Suzuki, S. Watanabe and T. Furuta, Chem. Commun., 2014, 50, 664-666.

概要:モジュール型ケージド化合物の応用例の一つとして,簡単な化学操作でケージドDNAを調製して精製する方法を開発した。親和性標識部位を持つケージング試薬Bio-Bhc-diazoは,dsDNAと混合するだけでビオチン化ケージドDNAに変換することができる。ストレプトアビジン磁気ビーズで精製したケージドDNAを用いることで,遺伝子の機能発現を光照射で誘導できることを明らかにした。

A clickable caging group as a new platform for modular caged compounds with improved photochemical properties A. Z. Suzuki, R. Sekine, S. Takeda, R. Aikawa, Y. Shiraishi, T. Hamaguchi, H. Okuno, H. Tamamura and T. Furuta, Chem. Commun., 2019, 55, 451-454.

概要:クリック反応で機能性モジュールを導入できるClickableケージド化合物を開発した。クリック反応は,有機合成の知識や特別な設備を必ずしも必要としない。この方法で,抗がん剤の光作動性プロドラッグや目的細胞への選択的な集積能を有するケージド化合物を容易に合成できることを明らかにした。

Design, Synthesis, and Photochemical Properties of Clickable Caged Compounds A. Z. Suzuki, Y. Shiraishi, H. Aoki, H. Sasaki, R. Watahiki and T. Furuta, Jove-Journal of Visualized Experiments, 2019, e60021

Clickableケージド化合物の合成と利用法を解説したビデオと実験プロトコールからなるビジュアル素材付属の論文。