2006年度

「Higgs粒子生成反応における散乱断面積の計算」

電磁気力・弱い力・強い力の3つの力を説明する「標準理論」は、今のところ実験結果とほとんど矛盾がない。そして、未だ見つかっていない「Higgs粒子」の発見がこの理論の正しさを更に高めるために必要である。本論文では、このHiggs粒子を生成する反応であるe+e-→2Hの散乱断面積の計算を行い、Higgs粒子が存在する場合の質量や、実験に必要な加速粒子のエネルギーの大きさについて議論した。その結果、散乱粒子の分布は衝突点を中心とした前後方で対称であり、前後方のθ=0、π付近においてピークを持つことがわかった。

「宇宙初期の元素合成」

ビッグバン宇宙の初期、高温・高密度の宇宙では核融合反応が起こり、軽元素が合成される。本研究では生成される元素の中で、特に4Heに着目し、理論的に予想される生成量を算出した。この理論予想との比較から、観測される4Heの存在度はビッグバンの際に起こる元素合成によるものと解釈することができ、その結果として4Heの遍在はビッグバン宇宙論を裏付ける極めて意義深いものであることが分かった。

「ダークエネルギーは宇宙定数か?」

最近の観測により、現在の宇宙は加速膨張していることが示唆されているが、その加速源の実体は不明であり、ダークエネルギーと呼ばれている。このダークエネルギーの候補の一つに宇宙定数がある。元々宇宙定数は、アインシュタインが静止宇宙を実現させるために導入したものだが、ダークエネルギーが厳密に定数であるのか否かは不明である。そこで本論文では、Ⅰa型超新星の観測データからダークエネルギーの時間変化に対する制限を調べた。その結果、平坦な宇宙に対しては、誤差の範囲内では時間変化しない宇宙定数と見なせることが分かった。

「ASTE搭載サブミリ波検出器の交流磁場特性実験」

ASTE望遠鏡はチリのアタカマ高原に設置されたサブミリ波望遠鏡である。2006年3月、超伝導トンネル接合素子(STJ)を用いたサブミリ波検出器SISCAM-9が搭載されたが、望遠鏡駆動系からの広帯域ノイズが問題になることが明らかになった。その原因として、電磁場の影響が考えられる。そこで、本論文ではサブミリ波検出器の交流磁場特性についてまとめた。望遠鏡内の磁場環境を再現し、検出器と装置全体に磁場を印加する実験を行った。その結果、100kHz以上の高周波に60Hzの変調をかけた磁場を印加すると、60Hzのノイズがのることが分かった。このことから、高周波の交流磁場が低周波の変調を受けることによって広帯域ノイズが発生することが分かり、装置への磁場対策の必要性が明らかになった。

「サブミリ波カメラに対応した極低温読み出し回路の評価」

ASTEは、チリのアタカマに設置されたサブミリ波望遠鏡である。本論文は、ASTE搭載予定の高感度超伝導検出器用で信号を読み出すために、低消費電力、低ノイズ、極低温で動作ができる回路についてまとめたものである。まず、GaAs-JFETの評価を4.2Kで行った。その結果から、トランスコンダクタンスとドレイン抵抗が大きい素子を選んだ。そして、その素子を使いソース接地差動増幅回路の評価をして、Gain,Noise、CMRRと素子の消費電力との関係性を明らかにすることができた。

「『視線速度法』を用いた太陽系外惑星の特性決定」

最近の観測技術の進歩によって、長い間観測が困難であった太陽系外惑星の物理的な特性を探ることが可能になってきた。本稿では、まず太陽系外惑星の観測の主な手段である視線速度法の基礎原理について説明する。その後、軌道を決定しうるパラメーターを与え、ケプラー問題を解き、対象の天体からの視線速度がどのように観測されるかを理論的に予測した。そして、最後にペガサス座51番星の観測データから、その恒星が伴っている惑星の質量などの特性を決定した。その惑星は質量が木星の約0.46倍以上で、半径が約0.05天文単位の円軌道上をわずか約4日で周回することがわかった。

「連星からの重力波の検出可能性」

重力波は、一般相対性理論の検証に利用されると共に、宇宙を探る新しい観測手段としても期待されている。重力波源の特に有力な候補と考えられているのが、今回取り上げる中性子連星である。本論文では、中性子連星から放出される重力波の振幅とエネルギー放出率を導出した。そして、それらを実際の検出器の感度と比較することで、中性子連星からの重力波は、次世代の検出器によって検出可能であることがわかった。また、重力波の検出頻度は、連星間距離にどのように依存して変化するかを考察した。